第54話 サイド盗賊 パズン その2 神様、キサマを殺したい

 

 ドムの悲鳴を背に振り替えらずに、アジトの中を走る。

 何度か転んでいくつも擦り傷を作る。


「なんだ、どうした、パズン」


 団長の部屋、その扉の前で仮面のロイが立っていた。


「ろ、ロイさん、緊急事態なんだっ、敵がっ、化け物みたいな敵が現れた。ブーケやジョージ、ドム、みんな、やられたっ」


 盗賊団で一番冷静なロイ。彼を説得すれば団長達をうまく誘導できるはずだ。


「敵は何人だ?」


「一人ですっ、でも化け物です、早く、早く逃げないとっ」


「ふむ」


 ロイは自分の仮面を触り、考えている。


「たった一人に俺たちが逃げるのか。それはもう盗賊団としては終わっているな」


「そんなことを言っている場合じゃっ」


 ばんっ、と扉が大きな音を立てて開いた。

 そこに団長のバトスが立っていた。

 赤い髪に赤い髭。巨大な戦斧を背中に背負っている。左目には髑髏(どくろ)の眼帯をしている。異常なまでの迫力。かつて戦場の赤鬼と言われ、恐怖の象徴だった男は盗賊に身を落としても、あの頃とまったくかわっていない。

 そのとなりには若い褐色の娘が立っている。

 バトスの娘レラ。

 露出が激しい格好で妖艶な笑みを浮かべている。

 団長と同じ赤い髪が長く伸びており、唇が少し分厚くなんだかエロい。うん、エロい。

 いや、見惚れている場合ではない。


「団長っ、今すぐ、逃げないとっ」


 バトス団長が手を前に出し、オイラの話を止める。


「聞こえていた。ロイの言う通りだ。相手が何者であっても、たった一人に俺たちは逃げない」


「だってさ、逃げたいなら一人で逃げれば」


 バトス団長の横でレラが笑っている。

 違う。まだ街の騎士団と戦うほうがマシだ。

 アレは戦うとか、そういう類のモノですらない。


「ロイ、ペッジを連れてこい。大広間で迎え撃つ」


「はっ」


 ダメだ。団長が一度言い出したら曲げることはない。

 戦闘が始まったら、誰もが逃げることを考えるだろう。

 何人かは犠牲になるかもしれない。

 だが団長さえ生き残れば、まだ希望はある。

 希望?

 この時、オイラはようやく気がつく。

 諦めてなかったのだ。

 バトス傭兵団として、復活することを。


 団長だけでもここから逃す。

 例え、オイラの命を犠牲にしてでも。


 大広間に残った五人が集まる。

 元々、ゴブリンの住処だった洞窟を一年かけて、増築した。

 その時に作ったのがこの大広間だ。

 五十レクタルほどの円形で、戦闘訓練をするために、多少の衝撃があってもくずれないよう補強されている。


「本当にそんな化け物みたいな奴がくるのか?」


 ロイに連れて来られた拘束のペッジが言う。

 全身に包帯を巻いているミイラ男。

 怪我をしているわけではない。

 肌を晒すことを極端に嫌っている。


「来ます。皆さん、約束してください。叶わないと思ったら、隠し通路から脱出してください」


 大広間から隠し通路へ続く道がある。

 そこから、すぐに逃げれば何人かは助かるかもしれない。

 10人だった団員はすでに半分に減っている。

 狩りに出掛けたイサムとガバチョが戻ってこないのは、きっとあの男にやられたからだろう。

 全滅させるわけにはいかない。

 もう一度、もう一度立て直すのだ。


 ゴロゴロと巨大な球体が大広間に転がってきた。

 それが巨大化したドムの首だとわかって怖気が立つ。


「来たか」


 バトス団長が巨大な戦斧を構えた。

 ロイとペッジがその左右に立ち、レラは後ろに下がる。

 オイラは一人、前に歩を進めた。


 目の前に幽鬼のようなあの男が立っている。


「オマエはなんだ?」


 目の前でゆらゆらと揺れるように立つ男。相変わらず目はどこも見ていない。


「お前は、なんだっ!」


 理不尽な存在に大声で叫ぶ。

 初めて、男がオイラを見た。

 感情に反応したのか。

 目が合ったと同時にオイラの中に感情が流れてくる。

 負の感情。

 悲しみ、怒り、憤り、この感情をオイラは知っている。

 バトス傭兵団が罠にはまり、逆賊のレッテルを貼られた時、オイラも同じ感情を抱いた。

 コイツは、この男は......っ!


「下がれ、パズン」


 ペッジが叫んで両手を前に出す。

 金縛りのスキル。

 通用するのか、この男に?


 男は何事も無かったように歩を進める。

 スキルがまるで効かない。キャンセルされているのか?

 オイラを無視して、ペッジのほうに向かう男。

 敵意に反応している。


「行きます」


 バトス団長の横にいたロイが消える。

 瞬間移動のスキル。

 一瞬で男の後ろに現れる。

 背後からその首目掛けて剣を振る。

 すり抜けた。

 剣はまるで霞を斬ったように男の首を通過する。

 不意打ちも通用しない。

 男がロイの方に振り向く。


「ひっ」


 ロイが悲鳴を上げて消えた。

 瞬間移動でバトス団長の後ろに移動する。


「だ、団長、ダメです。アレはっ!」


 冷静なロイが取り乱している。

 見ると男を斬りつけた腕が、剣と共に溶け出している。


「う、うわあぁ、腕が、腕が」


 どんどんと溶け出し、肘の方まで溶けていく。


「ふんっ」


 その腕をバトス団長が肩のあたりから切り落とした。


「いっ、ぎゃあ」


 ロイが肩口を押さえる。

 千切れた腕は溶けて無くなったが、ロイの身体はそれ以上溶けなくなった。


「に、逃げましょうっ、団長っ!」


 叫ぶ。だがバトス団長は動かない。

 男は真っ直ぐバトス団長に向かって歩いている。


「お前らは逃げろ」


 バトス団長は笑っていた。

 なんだ、どうして笑っているんだ?


「ずっと探していたんだ。俺に理不尽な運命を与えたモノを。この世界を創り出した、理不尽な存在を」


 何を言ってるんだ?


「コイツは強力なスキルなんかじゃない。この能力を俺は知っている」


 記憶を辿る。

 いままで記憶したすべてのスキル。

 確かにこのようなスキルは存在しない。

 そう、現実には存在しないのだ。

 だが、聞いたことはある。

 それは神話や物語の中だけに存在するスキル。

 まさか、この男はっ。


「神よ、俺はずっと貴様を殺したかった!」


 バトス団長が戦斧を振り上げ、男に向かって突進した。


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