第53話 サイド盗賊 パズン
農作物を収獲しながら日記を書く。
オイラが盗賊団の記録係として入団してから、もうすぐ一年になる。
貧弱のパズン、情けない二つ名を付けられていた。
仕方がない。
力はないし、盗賊として人を襲うことにも抵抗があった。
記憶したものを忘れないという能力は、盗賊にとってあまり重要なものではなかった。
はったりのジョージ、お調子者のブーケと共に盗賊団の食料となる畑の管理をしていた。
日がな一日、農作業に明け暮れた一年だった。
日記のほとんどは野菜の育ちや出来映えを記憶した観察記録となっていた。
こんなはずではなかった。
元々バルト盗賊団は、バルト傭兵団という領主お抱えで働く名誉ある傭兵部隊だった。
それが一年前、悪徳領主の計略にハマり、王族殺しのレッテルを貼られ、盗賊団に身を落とし、逃亡することになった。
大世帯だったメンバーは捕らえられ、殺され、脱退し、今ではたったの10人しかいない。
このまま盗賊として生涯を終えるのだろうか。
絶望的な未来を想像する。
だが、心のどこかで無実の罪と判明し、再び傭兵団として栄光を取り戻せる時がくるのではないか、と夢見る自分がいる。
「おい、手が止まってるぞ。さぼってじゃねーぞ、パズン」
ジョージがクワを投げて声をあげる。
汚い布の服を着て泥まみれになって芋を掘るジョージを見て、夢と現実の区別がつく。
オイラ達は、ここで盗賊として終わるか、街の騎士団に捕まって死刑になるか、その二つの未来しかないだろう。
「まったく、ブーケは小便から帰って来ねえし、ふざけんなよ」
ジョージをこれ以上怒らせたら面倒だ。
渋々、芋を掘り始める。
その時。
空気が変わった。
天候が変わるのとは違う。
自分はこれまでのすべての気候を記憶している。
だが、これはそのどれとも違う。
まるで、世界が塗り変わったような、異質な変化。
「おい、なんだ、これ?」
ジョージもわかっているようだ。
今までに起こったことがないことが起こっている。
ざっ、と足音がして、そちらに視線を向ける。
ブーケが帰ってきたと思っていた。
確かに、そこにはブーケがいた。
ただし、それは首だけだった。
「なんだ、オマエ」
ジョージがそれに、話しかける。
ダメだ。それは関わってはならない存在だ。
ブーケの首を持って、そこに立つ男。
そこにいるのに、存在感がない。
まるで幽鬼のようにそこにいる。
右手でブーケの髪を掴んで首をぶら下げ、左手に盾を持っている。
服は見たことがないような生地の物を着て、剣を腰に差している。
目が虚でどこも見ていない。
何か呟いているようだが、はっきり聞こえない。
本当にこの世の者かと、疑いたくなる。
「オマエがブーケをやったのか?」
ジョージがポケットの小石を取り出す。
男は答えない。
だが、ゆっくりとジョージに近付いてくる。
「動くんじゃねぇっ」
ジョージが小石を空中に投げる。
それが空中で砕けて、無数のかけらが男に向かって飛んでいく。
ジョージの石つぶてのスキル。
ダメージは低いが、避けることは難しい。
だが、信じられないことに石は、男をすり抜けて背後の木に当たる。
「なっ、お前はっ」
「......アイ」
男の言葉が初めて聞こえた。
アイ? 人の名前か?
「......アイ、アイ」
男はその単語を繰り返すだけだ。
ジョージにも、オイラにも話しかけていない。
逃げないとマズイ。ここからすぐに離れないと。直感がそう告げている。
「なに言ってやがる」
ジョージがナイフを取り出した。
男に向かって突き刺す。
「え?」
男の身体を突き抜けて、ジョージの腕が貫通していた。
なのに男は何事もなかったように立っている。
透けているようかのように、そこにいる。
「あ、ああっ、腕がっ」
男を貫いたジョージの腕が溶けていた。
ジョージが叫んでいるのを尻目に、オイラは駆け出していた。
バルト団長に伝えなければいけない。
あの男から一刻も早く、離れなければならない。
アジトの洞窟に向けて走り出す。
何かが落ちる音がしたので、一度振り向くと、ジョージの頭が転がっていた。
男はブーケの頭を捨てて、ジョージの首を持ち上げる。
なんの感情もないのか。
男は相変わらず焦点の合わない目で、ブツブツと呟いている。
「ひぃ」
思わず悲鳴をあげる。
アレは人間じゃない。
転げるように走る。
アジトの洞窟に着くといつものように巨漢のドムが入り口に立っていた。
「ドムさんっ、団長に早くっ、逃げてっ」
慌てすぎて、単語しか出てこない。
「んー? パズン、どしたぁ」
呑気に構えるドムに苛立ちを覚える。
時は一刻を争う。
アレが来たらオイラ達は壊滅する。
「いいからっ、みんなで逃げるんだっ、化け物が来るんだっ!」
叫ぶ。だが、ドムはまったく慌てず、オイラの頭をポンポンと撫でた。
「化け物ってあれかぁ」
ドムが指差す方向に、ジョージの首を持った男がいた。
相変わらず幽鬼のようにゆらゆらとそこに立っている。
「ひ、ひぃいいい」
小便を漏らす。
ダメだ。もうダメだ。
「あんなん、オラが潰してやんべぇ」
ドムの身体が膨れ上がる。
巨大化のスキル。
普通の人間の三倍くらいに巨大化したドム。
普通の人間なら怖気付くだろうが、あの男はまったく気にせずに近付いて来る。
「おめぇ、ぺちゃんこにしてやるべぇ」
ドムが男を踏み潰そうと足を上げる。
だが、オイラは最後まで見ずに洞窟に入る。
ドムの悲鳴が、洞窟の中まで響いてきた。
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