第4話 サイドB アリス

 

「しっ!」


 洞窟の中で向かってくるゴブリンを袈裟斬けさぎりにする。

 胴体が真っ二つになり崩れ落ちる。


『サブミッション ゴブリン五体の討伐 完了しました』


 頭にアナウンスが流れる。


『アリスさん、ルカさんのパーティーに50Pが入ります』


 ミッション開始から、まだ一時間経っていない。

 この調子でいけば余裕をもってミッションをクリア出来そうだ。


 この世界に来て数ヶ月、これまで、多くのメンバーが亡くなった。

 過酷なミッションを生き残れる者は少ない。特に新人は一回目のミッションで亡くなることが多い。助けてやりたいが無理をすれば自分が死ぬことになる。

 不条理な世界。

 それでも親のいいなりになってただ生きていただけの現実世界より、私はここの世界があっている気がした。


 同じ不条理な世界でも、元いた世界に自由はなかった。



「お嬢様、今日のスケジュールでございます」


 愛想もへったくれもない能面のようなメイドが、毎日、一分ごとに刻まれた予定表を持ってくる。

 たぶん先の予定表には私の結婚相手や出産の予定日などすべて書かれているのだろう。

 それを見なくて済むようになったことには感謝している。


「お父様は、明日帰ってくるのですか?」


「旦那様の帰国予定は、明日から二ヶ月後に変更になりました」


 アメリカ人である父は日本人の母と結婚したが、日本に帰ってくるのは数ヶ月に一度だけだった。

 幼少の頃から城のような屋敷で、母と二人で父の帰りを待つ日々が続く。


「アリス様の誕生日プレゼントを預かっております。明日を楽しみにしていて下さい」


 父からのプレゼントを開けたことなど一度もなかった。開封されていない16個のプレゼントが今も押入れに眠っている。


 父からの愛情を感じた事はない。

 あの男は、私の事を仕事の為に使う一つの道具としか見ていない。

 父の会社に有利になる政略結婚のための道具として、私はあらゆる英才教育を強要されてきた。

 そして、母はそんな父に捨てられないように只々、父の命令を聞くロボットのようになっていた。


「あの人の役に立ちなさい」


 二年前、病気で亡くなった母の最後の言葉だった。

 母も私のことを父の為の道具としか見ていなかった。

 私も、父の為のロボットとして、感情を失くし、ただ命令に従い生きていく。

 それが自分の一生だと思っていた。



「ぎぃ、ぎっ!」


 洞窟の奥から仲間を殺されたゴブリンが二匹、実力を考えずに向かってくる。


 風切り音と共に、弓矢が背後から飛んできてゴブリンの眉間に突き刺さる。

 同時にもう一匹のゴブリンに斬りかかり首を落とす。


「つっ」


 あまりに簡単に首が落ちたため、剣の勢いが止まらずに洞窟の岩に当たりそうになる。


 むにっ、と胸がつぶれた。

 脇を締めて止めようとしたら、胸に剣のつかが当たったようだ。


「ナイスな胸だな、うらやましい」


 弓を持ったルカがゆっくり近づいてきて嫌味を言う。


「邪魔なだけだ。ポイントで取れるなら取ってしまいたい」


「その際は是非ともボクにゆずってくれ」


 どこまで本気なんだろうか。

 ジト目でルカを見る。


「うん、あとはボスゴブリンだけだな。洞窟の一番奥にいる」


 ルカの個人スキル 索敵に間違いはない。

 装備スキルの鑑定と合わせて、ルカの補助にはこれまで度々助けられてきた。

 敵を倒すだけなら一人で大丈夫だが、いかんせん私は方向音痴だ。向こうの世界にいた時、何度も家の中で迷子になった。

 二人でパーティーを組むとポイントは半分になるがルカとのパーティーにはそれ以上の価値がある。


「あっ」


 そのルカが声をあげた。


「どうした?」


「ボスゴブリンが移動している。急がないと」


 二人で洞窟の奥に駆け出す。


「くそっ」


 洞窟の奥にボスゴブリンがいたと思われる部屋があり、壁際に本革の赤い豪華な椅子が置いてある。

 その椅子を動かすと、後ろに小さな穴が空いており、どうやらボスゴブリンはそこから逃げ出したようだ。


「生意気に緊急避難するとはな。この穴じゃ小さすぎて通れない」


「まあアリスは胸がつっかえて無理だな。ボクならなんとか行けそうだけど」


 ごつんっ、とルカに拳骨を落とす。


「急いで追いかけるぞ。アイ達ではたぶん勝てない」


「うん」


 これまでにもこういった状況で何人も死んでいった。

 すべての生命いのちは救えない。

 ここではそんな余裕はない。

 だがせめて手の届く範囲だけでも助けたい。


「無駄な事はするな。他人など所詮、自分がのし上がる為の道具でしかない」


 父の口癖を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 多分、あの人にとって、私も母も他人だったのだろう。


「どうした? アリス?」


「なんでもない、急ごう、ルカ」


 急に笑みを浮かべた私をルカが怪訝な顔で見る。

 自分で考え、自分の意思で判断する。

 私の呪縛は、この世界で解き放たれた。


 ルカと二人で山を駆け下りる。

 その最中。


『ミッションコンプリート。すべてのミッションが完了しました』


 ルカと二人で顔を見合わせた。


『三分後に教室に戻ります。お疲れ様でした』


「まさか、シュンが倒したのか?」


「いや、ハイエナ野郎には無理だ」


 ルカの言葉にうなづく。確かにシュンは相手の獲物を横取りするくらいしか出来ない。

 では一体誰が倒したというのか。


「あの新人」


 ルカがゴーグルを触る。


「鑑定で個人スキルがなしになってたが、いままで個人スキルがない人間などいなかった」


 確かにそうだ。

 シュンのハイエナみたいな役に立たない個人スキルはあるが、まったくのスキルなしはこれまでにいなかった。


「鑑定をガードするスキルか」


 どんなスキルかは分からないが、もしボスゴブリンを倒したのなら役に立つスキルかもしれない。


 うぉん、という機械音がして、いつものように目の前に椅子が現れる。

 ミッションの終わり。

 今回は誰も死んでなければいいのだが。

 椅子に座ると目の前が真っ暗になり意識が溺れるように流される。


 ブラックアウト。


 気がつけばいつもの教室で座っていた。

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