第3話 ボスゴブリンの強襲

 

「そろそろゆっくり行こう。新人は先頭、次にアイ、最後に俺ね」


 巨乳騎士アリスと狩人ルカの二人が出発してから三十分くらい経つ。

 ホスト男シュンが座っていた木の幹から立ち上がり、ギャル女アイがそれに続く。

 今からゴブリンと戦うのにスーツ姿とセーラー服姿の二人に思わず笑ってしまいそうになる。

 とはいえ自分の姿も、寝巻きのような全身スエットに運動靴ということに、今更気がつく。

 三人ともどう見ても、いまから戦闘に向かう格好ではなかった。


 慣れない山道を登っていく。

 草木が生い茂る獣道に疲労がたまる。

 後ろではシュンとアイが雑談している。


「ねえ、次ポイント貯まったらベッド大きくしようよ」


「あーー、いいね。大きいとさらに色々な事ができるしな」


 ポイントは食料だけではなく日用品にも交換できるのか。

 しかし、日用品が必要になるということはミッションをクリアしても現実に帰れないということか? いつまでここにいることになるのだろうか。考えると気分が悪くなった。


「頑張ろうね」


 アイが俺の背中を軽く叩く。

 呑気な雰囲気だ。

 二人はもう何回もミッションをクリアーしているのだろう。


 しばらく歩いていると運動不足なのか、息が切れてきた。

 靴紐を結ぶふりをして休憩する。


「大丈夫? 疲れたよね」


 背後のアイがしゃがんでのぞきこんでくる。


「おいおい、体力ないねぇ、まだ半分くらいだぜ」


 シュンが上から見下ろしている。


「いや靴紐がほどけたんで」


 アイもシュンも自分よりだいぶ体力があるようだ。

 女性にも負けているのがいやで見栄を張ったが、どうやらバレバレのようだ。


「まったく足手まといだなぁ」


「まあまあ、シュン。最初なんだし......」


 いきなりだった。

 

 ぼんっ、と巨大な風船が爆発したような破裂音がした。


 その音と同時にシュンの頭がいきなり飛び散った。

 大量の血がすぐ近くにいた自分とアイに降り注ぐ。

 あごの部分だけが、かろうじて残っていた。

 頭を無くした身体は、まだそのことがわかっていないかのように、自然にそこに立っている。


「きゃあああああああァァ!!」


 アイが悲鳴を上げる。

 周りを見渡す。

 近くに敵の気配はない。

 遠距離からの攻撃。

 しかし、どうやって?


「いや、いやぁああ」


 アイが叫んで走り出す。

 嫌な予感がする。


「ふせろっ!!」


 思わず叫ぶ。

 アイがその場に伏せる。

 その上を凄いスピードで何かが通り過ぎる。

 アイの上を通っていった物体が、アイの前の木に当った。

 再び破裂音と共に、人ほどの太さがある木が音を立てて崩れ落ちる。

 飛んできた方向を見る。

 かなり離れたところに小さな影が見える。

 その影が何かを持っている。

 ハッキリとは分からないがあれは。


「なに、何なのっ!」


 伏せたまま動けないアイのところに向かう。

 しゃがんだまま、なるべく頭はあげない。


「木陰に移動する。このままじゃ狙い打ちだ」


「まって、腰が抜けて、動け、ないっ」


 アイの腰を掴んで引きずるように木の影に隠れる。


 三発目はまだこない。

 連射はできないようだ。


「どうしてっ、ねえ、なんでっ!」


 アイに胸ぐらを掴まれる。


「投石器みたいなのをゴブリンが使っている。遠距離で狙い打ちだ」


「うそ、ただのゴブリンはそんなの使わないはず」


 頭にミッションが浮かぶ。

 ボスゴブリンの討伐 ポイント 200P


「ボスがここにきたんだ」


 アイの顔が青ざめる。


「遠距離に対抗する武器か何かを持っているか?」


「ないわ、うちもシュンもトドメをさすナイフしか持ってない」


 絶望感が漂う。

 ボスゴブリンはこっちを狙って待ち構えているだろう。

 このまま動かずにやり過ごせるだろうか。


 三発目が発射され自分達がいる木に当たり、衝撃音が鳴り響く。

 さっきより大きい木のため一撃では崩れないが、二、三発しかもたないだろう。

 狙いが正確で威力がある。マジックアイテムか、ボスゴブリンのスキルによるものか。

 このままではやがて追い詰められる。

 山頂へ向かった二人が戻ってくるまでもたないだろう。


「行ってくる、一か八かだけど」


「えっ、む、無理だよ、おいてかないで」


 泣きそうな顔でアイが手を掴んでくる。

 その手を無言で払いのける。

 命がけのデスゲーム。

 だが不思議と恐怖はそれほど感じない。

 麻痺しているのだろうか。

 記憶はないが、自分はこういったゲームをよくしていた気がする。

 敵を倒して武器や装備を作って強くなるゲーム。

 そうだ。こんなもの、ゲームと思えばなんともない。

 

 さらに岩が飛んでくる。木に寄り添っていたため、背中に衝撃を感じた。

 もう崩れる寸前だ。木が悲鳴を上げている。

 そっと木陰から、山道に出る。

 静かに、まるでそこに存在しないように歩いていく。

 目標まで正面からではなく、周りこむように獣道に入る。体力を消耗しているため時間をかけながら、ゆっくりと登って行く。


 遠くからボスゴブリンの姿を確認した。

 身長は人間の半分くらいか。

 浅黒く汚い布を身にまとっている。

 体のわりに頭がデカく、ギョロギョロと大きい目玉と牙が特長的だ。


 楽しそうに投石器に岩を乗せて、足元のペダルを踏む。自転車くらいの大きさでタイヤも付いている。

 よくできた投石器のようだ。岩がかなりのスピードで真っ直ぐ飛んでいく。

 折れかかっていた木に当たり、音を立てて崩れていく。

 アイの姿が丸見えになった。

 怯えた顔でその場にしゃがみ込んでいる。


「アキャ、アギャ」


 嬉しそうにボスゴブリンがはしゃぐ。

 自分が木から出たことも、すぐそばまで近づいていることもまったく気がついてない。

 そうだ。

 クラスでもいつも目立たない存在だった。

 空気のようにそこにいるだけの男。

 記憶が断片的に一部だけ蘇る。


 アイは恐怖で崩れた木の側から動けないでいる。

 ボスゴブリンは大きな岩の塊を投石器に載せる。

 近くで見るとその醜悪な面構えに吐き気がした。


 鞘から剣を抜く。

 そっと後ろから、ボスゴブリンの胸にその剣を突き刺した。


「ぎ?」


 何が起こったか分からないという顔でボスゴブリンが振り向いた。

 手になんとも言えない嫌な感触が伝わってくる。

ゲームではない。これは現実だと、改めて実感する。

 剣を引き抜くと、そこから緑色の血が溢れ出し、ボスゴブリンはそのまま前に倒れ込み、動かなくなった。

 実にあっけなくボスゴブリンを倒した。


 教室でルカにスキルがないと言われた。

 だが初期装備を選んだ直後、携帯にステータスの項目があることに気がついた。

 タップすると自分の名前と能力、そして個人スキルという項目が出てくる。


 ハジメ レベル1


 HP 30

 攻撃 5

 守備 5

 速さ 5

 個人スキル 隠密

 装備スキル なし

 サブスキル なし


 隠密をタップすると


 相手に気づかれないスキル。

 特定スキルの効果も打ち消せる。


 と表示される。

 どうやら自分は中々良いスキルを持って、この世界にきたようだ。

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