第46話 孤独な忠義者

私がルイスと打ち合いをはじめるとイアンは私に応援、火のファイアを放ったがルイスと名乗る少年には一切届かなかった。

剣でうち払ってくれればまだ隙になるのに、揺らめくなにかよくわからないものに防がれる。魔力の噴出だけで魔法を弾いているらしい。


なにより私と近過ぎる。以前にもイアンは近いと撃てないと言っていた。距離を取ろうにも剣が休みなく打ちあわされているこの状況では無理だ。足払いや蹴りも混ぜ合わせているが引く気配は一向にない。

周囲で魔物がいようが、他の冒険者がやってこようがお構いなしだ。そんなことを気にできるほどの余裕がない。


切っ先がくると感じるところを守って、剣戟が入りそうな直線が見える瞬間に打ち込んでいくが当然のようにルイスは反応する。絡み合う剣はお互いがその速度に応じて払い、打ち込み、突くその動作が繋がり、まるで舞のように思える。

周囲の音が遠くなって、目の前のルイスしか見えなくなる。ぼおっとした夢のような空間で彼と剣を合わせ続けた。


その終わりは突然で、私の片手剣が甲高い音を立てて折れた。すぐにそれをルイスに向けて投げつけてから刀を抜くがルイスは打ち掛かって来なかった。



「ふふふ」



少し私と距離を取り、お互いの剣の間合いに入らない距離だ。


表情筋は全く仕事をしていないにもかかわらずルイスは笑い出した。棒読みな笑いは聞いている人の気持ちを苛立たせると初めて知った。



「そのレベルでここまで強いなら、君はきっと私を殺せるようになる」



なにか来ると思って咄嗟に刀を正眼に構えると、目の前に血が飛んだ。意味がわからないことにルイスの血だった。赤い血液が私の刀に刺さった腕から迸る。


それを見やるルイスはひどく満足げに笑って見せた。これまでの無表情が嘘のように無邪気で嬉しそうな笑顔だ。



「怪我したから帰る」



これまでの激闘が嘘のように彼から発せられていた殺気がなくなった。ルイスはくるりと背を向けて、門の外へ走り去っていった。

血まみれのままで、しかも中から外に出ていく少年に後方を任されている冒険者たちは一切警戒することができなかった。だが、ルイスは誰に興味をもつこともなくそのまま素通りしていった。



「テミス家、本当に強い…彼が何を考えていたのかは全く分かりませんが、助かりました」



深いため息をついたイアンはこの世界で殿下以外に初めて苗字を名乗ってきたさっきの少年のことを良く知っているみたいだった。



「テミス家は王に忠義とその魔法と剣を捧げ続ける貴族です。まだ大人になりきっていない年端であのレベル、噂は本当でした。テミス家が認めている限り、王は暗殺できない」

「つまり、前の王様は見放されたってこと?」



下手したらレオナルド殿下を王にするために手を下したのもあのルイスを始めとする一族と言われても妙に納得できる。私を始めに狙った攻撃は反応できなかったら一撃で首が飛んでた。そういう剣戟だった。


冒険者たちの必死の攻撃から免れたのだろうゴブリンの集団目がけて残っていた鉄球を投げつけて土に還す。



「イアン、怪我は?」

「私は全く、彼の標的は姉さんだけでしたから」

「そう、ならよかった。彼についてはあとでまた教えて。とりあえず今は魔物を倒そう」



レオナルド殿下の直属の剣士であるテミス家に知られてしまったからにはきっと今から戦死したことにして逃げ出しても無駄だろう。

それにきっとルイスは、命令だけではなくルイス個人の趣味で私のことを追ってくる。長い付き合いになりそうな、そんな気がした。

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