第42話 御心

全くめんどくさいことになった。ギルド内はシモンとマリカの捜索に任せて、私とイアンは人気のない街を捜索することにした。

私は殿下が自分の意思で出かけているならどこにでかけているのか、なんとなくの検討をつけていた。


あの演説をこれから戦をするみんなに提示する人ならきっと、実利主義の冒険者が普段は行かないところにいると思う。


私もまだ行ったことがない場所ではあるが、街で目立つ建物だからすぐ行くことができる。今まで行っていなかったのは行く利益がなかったのと、特にそこまでのこだわりがなかったからだ。



「姉さん、ここは」

「たぶんね」



大々的に開け放たれている入口は無視してその大きな建物の裏手に回る。きっと殿下のお目当ては裏庭の方にあることが多い。


そこはお墓だった。


数多くの乱立する石の中でただ1つ、その存在を教会と同様に強く知らしめるものがある。イアンがかつて経験したという前の魔王が起こした戦の慰霊碑だ。

真っ白で巨大な石碑には溢れるほどの多くの名前が刻まれてその時間を止め、ここに来る人たちを待ち受けている。

懺悔や後悔、今後の抱負を何もいうことなくただ沈黙して生者の心の声を聞いてくれる。


その石碑の前に手を組み、ただひたすらに祈る人影がいた。特別な服を着ているわけでも、イアンのような美しさを持っているわけでもない。

ただ彼はひたすらに信じて祈っている。彼も戦で犠牲が出ないだなんて本気で考えていたわけではない、ただみんなを信じて祈ることが彼の役目だと知っていた。


探しにきたのに話しかけるのを躊躇うほどの静謐でいて神秘さを感じさせる光景だ。



「殿下。わざわざ護衛を振り切る必要はないと思いますよ」

「そうかもしれぬ。だが、そなたと話をしようと思ったら私は1人にならねばならない」

「そういうところがユーゴさんやギルド長に言われる原因だと思いますよ」

「耳が痛い限りだ。よく知っておるな」



あの賢いユーゴさんやギルド長が今の私が気づいていたことに気づいていなかったとは思わない。

それでも以前に「殿下だけでは力不足である」と話していたとイアンから聞いた。


私の半歩背後に立つイアンに伝言をお願いした。シモンとマリカは全力で今もギルド内を捜索しているはずだ。

妙に地下牢があったりすることを考えると、脱出用の地下通路とかもありそうだし、彼らの捜索は難航しているだろう。



「イアン、シモンとマリカに連絡頼める?」

「ですが」

「大騒ぎになる前に2人には伝えないとね。私に誘惑は効かないし、腕力はそれなりに大丈夫だから。その間の護衛ぐらいしてるよ」

「…わかりました。姉さん、無理しないでください。私は貴女についていきます。もしもがあったら、追いますからね」

「それは、気をつけないと。国よりイアンの命の方が重いよ」



イアンの場合、冗談に聞こえなくて怖い。私に何かがあったら本気で後追いをしてきそうだ。こちらを振り返りながらもイアンはギルドに向かって走っていった。


こちらのやり取りを黙ってみていた殿下に向き直った。



「私に何の要件ですか?ご自身の護衛にも、私の義弟にも聞かせられない要件とは」

「ふむ、今回の魔王は巧みでな、利益を差し出して我々の居住地域を狙ってきている。利益があるとなると、貴族の中にも兄上に付くものもいる。そうなると民衆も意見が割れている。私は兄上よりも人気がなくてな」

「なるほど」

「民衆は欲しておる、わかりやすい英雄を」



英雄は戦乱時にしか求められない。しかもこの場合、ただの魔王討伐の勇者ではなく、人間の利権争いに使われる恨まれる英雄だ。

こんな話を持ちかけられたらイアンは私のために激怒することが想像つく。


思ったよりこの殿下は理想を見ていない上に、手酷いことができる為政者だ。



「なぜ私に?」

「人が求める英雄は完璧ではなく、もしかしたらと思わせる可能性がある方が今の世には合っておる。エルフである彼らでは、私も共に戦うとはならぬ。強大な魔法使いであると知られている彼でも務まらなぬ」



なんでスローライフ求めるはずがこうなってしまうのだろう。過労死しないようにスローライフするはずの転生がなんで国取りに巻き込まれて、魔王退治に行かなければいけないのか。


空を見上げるが答えが書いてあるわけもなく、遠くに浮かぶ雲が綿菓子のようだというどうでもいい感想しかなかった。



「私に指し示せる利益は?」

「彼は魔族であろう?」

「脅す気ですか?」

「提案をしているだけだ。私とて好きで提示するわけではない、ただそなたが弟を大切に思うように私は国を思う」



この間の演説は私をおびき寄せる布石と優しい殿下、酷いことができない人という印象をつけるための演説だった。

そのためには自分が戦時において使えないと言われるマイナス要素を加味した上でとった行動だ。だが代わりの王族がいない今は彼を旗にするしかない。


逆に私は不利だ。


私の出自も意味不明な上に魔力は0、転職は不可能だ。さらに連れてるパーティメンバーは魔族に含まれる吸血鬼の一族の魔法使いだ。

殿下がどこでそれを知ったかは知らないが、殿下がやろうと思えば私たちを社会的に抹殺するのは容易い。


腹黒過ぎるが、断ることができない。



「はあ。殿下、護衛が探しています。ギルドに戻りましょう」

「期待している」



そういうと殿下は為政者の表情でわらった。


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