第33話 吸血鬼

クマガースに叩かれたときは死ぬかと思ったけど、思ったより大したことない。

打たれた直後は動けなかったが、今はまあ痛いけど、そこまでではない。物理に関しては頑丈にできてて良かった。



「姉さん!!怪我は?」

「そこまで大したことはたいみたい、心配させてごめんね」

「すみません、援護が上手くいかず」

「今回は冷静さを失ってた私のせい、イアンは何も悪くないよ」



周りが見えなくなって冷静さを失ってたのは私だ。むしろイアンはよくそんな私に合わせて戦ってくれてた。頭が上がらない。


魔法の行使と私の攻撃で荒れた広場を修復するイアンを見てから、泣き叫んでいた女の子の様子が気になった。

土の壁の裏に行くと女の子の横に10前後の少年がいた。私が見に来たのに気がつくと、少年は立ち上がって頭を下げた。



「ありがとうございました、ミーアを助けてくれて。本当に…」

「いや、遅くなってごめんね。もっと早くついていればよかった」

「違う。クマガースを倒せる冒険者は凄く忙しいんだ、こんな小さな村にまで来てくれただけで、それで…」



ミーア、彼女は泣き続けている。もう戻らないから、時間も人も。失ってしまえば一瞬だ。

早く逃げてれば、自分がいい子だったなら。お母さんはこんなことにならなかったとミーアは後悔し続けている。

私がなにか出来ることは思いつかない。


水滴が地面に染みるように、自分に置き換えた。カコになる前の私が死んで家族はどうしたのだろうかとこれまで考えられてなかったことを考えた。

仕事なんか辞めさせておけば、ご飯のバランス気をつけて食べさせておけば、仕事に就かせず家にいさせておけば…

過労死に対する周りの後悔は大きい。何か異なれば死ななかったのではないかと思う事柄が多いから。


死んだ側はそんなこと思ってないのに。



「ミーア、おばさんはミーアの心に生きてる。ミーアが前を向いて生きている限り、おばさんの頑張りは報われるんだ」



少年の言葉が痛かった。私たちを責めてこない彼らの強さと頭の良さがより辛かった。



「冒険者の方ですかな?」

「はい。遅くなり申し訳ありません。依頼のクマガースは他にいますか?」

「いや、あやつ一体だ。あと少し早ければ、いやしかし、そんなことを言っても仕方あるまい」

「申し訳ありません」

「誰も悪くない…誰も悪くないんじゃ。ミノアは村で唯一の魔法使いだった、娘と息子。そしてみんなを守るために、本当に申し訳ないことをした」



イアンに話しかけてきた老人とイアンの間に入って、私が答えた。イアンはまだ広場を戻している途中だ。

老人、この村の村長らしいがミーアとロマは村で育てるから心配しないで欲しいと。土の壁が広場の石に戻り、こちらからミーアと少年ロマの姿が顕になった。


老人にこれが終わったら出ていくことを告げて、依頼料以外のお礼などを断った。



「イアン、次に行こう」

「わかりました」



大方元に戻り、精霊では元に戻せない。血の跡、ミノアさんの跡だけが広場に残った。


他にもう一体、クマガースを倒してその日は終えた。街道沿いの誰もいない簡易宿所を見つけ、いつものように夕飯を食べた。



「姉さん、薬あるから怪我を治療してもらえる?」

「イアン!怪我してたの?!」

「怪我してるの姉さんだよ」

「あ、私の治療か」



食後に言われた衝撃の発言になんで早く言わないんだ!と憤慨しようとしたらブーメランで帰ってくるとこだった。危ない。



「その、凄くいい匂いだからちょっと辛い」



熱に当てられたような目が本能と理性が戦っているのを教えてくれた。イアンは理性が強い子で良かった。

私しかいない宿所でもマスクを付けてた理由はそれか。悪い事をした。普段何も気にするようなことがないから忘れがちだが、私とイアンは種族が違う。


イアンから薬効の丸い入れ物を受け取って、上の装備を外す。イアンが言うのは、私がクマガースに脇腹を叩かれたときの傷だろう。

ドラゴンの糸でできた装備は何事もなかったように見せる役割を果たしていたが、香りは通していたみたいだ。



「ごめんね。それと吸血鬼の基本情報教えて」



イアンから渡されたタオルで手早く傷口を拭って軟膏を塗る。私の着替えを見ないために他の方向を見ているのになんて器用さだ。


少しひんやりとしたその感触は熱を持った傷口に気持ちいい。その上をガーゼで覆って包帯をまく、こんなにゲームみたいな世界なのに怪我を急に治すことは出来ない。HPが減るのはすぐだが戻すのは時間がかかる。



「終わったよ、ありがとう」

「吸血鬼は血を薬もしくは嗜好品として扱います。怪我や病気のときに必要なんです。血があれば他の種族と異なり、すぐにHPを回復させることができます」

「便利だね」

「…姉さんはいつもズレますね」

「私のステータス振りがズレてるから、一致させるのは難しいね」



なぜだか呆れてるイアンは私から受け取った軟膏を革の袋にしまった。


ん?つまり、あの薬は私のためにイアンが持ってるってこと?だって今の話ならイアンはあの薬を使わない。



「直接咬むと確かに病気や怪我の治りは早いのですが咬むことで吸血鬼の魔力を流し込んでしまうので魔力の低いヒューマンは吸血鬼の眷属になります。

エルフや小人といったヒューマンでない種族ならいいのですが。だから吸血鬼は2人以上で行動していることが多いです

エルフや小人の純血は珍しいですから」

「へえ」



シモンとマリカは珍しいのか、確かに他にハーフじゃないエルフを他に見たことがないかもしれない。知らないことだらけだ。


待て、魔力を流し込む?



「それってさ!」

「絶対やりません。姉さんに魔力が入ってしまったら、私はまた」

「そっか、それだとダメだね。でもイアンが怪我したらどうする?」



イアンはかなり寂しがり屋さんだ。それなのに1人でさ迷い続けていた、その孤独はどれほどのものだろう。私には想像がつかない。



「すみませんが、注射器で姉さんの血を分けて貰えたら助かります」

「持ち歩いてるの?」

「はい」

「わかった」



イアンが怪我をする前に聞けて良かったとちょっとほっとした。知らなかったらそのまま咬ませて血を渡してしまったかもしれない。



「じゃ、今日は寝ようか」

「はい、おやすみなさい」



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