第32話 村にくまさん

よく寝て朝日と共に活動を開始し、お昼頃には無事に5ヶ所目のクマガースを退治していた。投石とイアンの魔法で遠慮なく小物たちも倒して進んでおり、今のところ順調だ。

パンに調味料を加えた携帯食糧をかじりながら気だるく道を歩く。人生の楽しみが1日1回夕飯だけだなんて、一体なんの罰だろう。


携帯食糧を食べている間にも私たちに挨拶しにくる魔物、ハッピーブーブーとぷるぷる(赤)に石を投げつける。レベルが上がってきたのでこの程度なら剣を抜かなくても大丈夫だ。



「姉さんはなんのデミなんですか?」



イアンが私と同様に携帯食糧をかじりながら話しかけてきた。そういえば話そうと思ってすっかり忘れてた。



「よくわかんない。イアンと会う少し前に、私は最果ての森でシモンとマリカに拾ってもらってね。2人と会う前の記憶がない。なんであんなところにいたのかとか、それまでの自分のことが全くわからない」



ぷるぷる震えて飛んできそうになっていたぷるぷる(赤)に手元の石を投げつける。ぷよんと潰れて土に還った。アイテムは赤の石、そのまま通過した。

こいつのアイテムは薬草以外を回収したいことにしている。荷物が増えすぎる。



「それは」

「大量のスキルの理由もよくわからないし、ちょっと困るよね」



神様からの贈りチュートリアルできちんとなんでスキルを持ってるのか理由を聞いておきたかった。あと魔力くださいってお願いしておきたかった。


忙しいとはいえ、この辺を適当にされたら困る。日本の少子高齢化と、自殺や過労死で神様も瀕死だったから理解できないことはないけど。

残念ながら理解するのと納得するのはまた別物だ。



「そうですか。ヒューマンだとしたら有り得ない目の色が解決の頼りですね」

「そうなんだよね、イアンは知ってる?」



そう問いかけたところで前方のからクマガースの咆哮が聞こえた。あの村で聞き込みをして倒しに行く予定だったのだが、嫌な予感しかしない。



「イアン走れる?」

「ええ、急ぎましょう」



昔だったらすぐに息が上がって村まで走りきれなかった自信がある。走りきって戦えるのは、転生補正と有難いレベルさまのおかげだ。


悲鳴と散り散りに逃げていく村の人たち、そんな中、私たちに逃げろと教えてくれる優しい村人。広場に行くなという声で、クマガースの位置がわかった。


広場に広がるおびただしい血の色。


クマガースがまた、1人の女の子を殺そうとしているところだった。



「アトラトム《投槍》」



銀色の閃光が走り、クマガースの腕が弾け飛ぶ。手に掴まれていた女の子が取り落とされ、地面に転がった。5.6歳程度の小さな女の子は色の変わった赤いワンピースを更に赤く染め上げて、血溜まりに沈む塊に泣きつく。お母さん、と。


よくわからなかった。


どこから聞こえる悲鳴かわからない。色褪せていく世界の中でもはっきりとわかることがあった、クマガースを倒さなければいけない。



「抜刀、居合斬り」



刀でクマガースに斬りかかった。クマガースの左目を斬り、クマガースは怯むがHPとしては大したダメージになってない。とりあえず女の子と距離を取らなければいけない。


投槍を手にして腹に突き刺すとより激しく暴れたが、女の子からは距離を取れた。



土壁アースウォール



それを見計らったように私と少女の間に壁ができた。イアンの魔法だ。よくわかってくれてる。



「神の怒り《ゼウスの一撃》」



雲ひとつない天気にも関わらず雷が飛来し、クマガースに直撃した。魔力のない私がわかるほど、空気が震えている。イアンの感情に精霊が応じてる。急がなければいけなさそうだ。


魔力を多く放出しているということは長く戦えない。



「イアン!」



片手剣に持ち替えてクマガースに斬りかかる。それを援護する火のファイアがクマガースに飛んでいく。

前足パンチを避けて横から下から片手剣を叩きつける。刀と違って切れ味が悪い片手剣は相手を叩き潰す用途で使われる。


距離をとるついでに刺さっている投槍に蹴りを叩き込むが、クマガースは倒れない。イアンの土の精霊による攻撃で隆起した部分を踏み台にして高く剣を振り下ろした。



「衝撃波」



真上から頭に剣を振り下ろしたため重い音と共にクマガースの足が地面にめり込む、衝撃波の影響で毛皮が裂けて血が飛び散るがまだ倒れない。


なんだか、むしろ



「姉さん!!」



頭を片手剣で撃っているにも関わらず前足で攻撃してきた。空に浮いていた私は避けれずそのままクマガースの一撃を受けて吹き飛んだ。


目の前に星が見え、身体のあちこちが痛かった。吐き出した息の分を吸わなければいけないが、それすらままならない。

そうか、これまで私、怪我をしたことがない。

そんなことをクマガースに言ったって仕方ない。転がると今いたところに前足がやってきていた。片足しかないのによく動く。



「なんで、強化されてるのか、とかね。聞きたいことはあるけど、それを聞くのは本人じゃなくていいや」



刀を握りしめて、クマガースの首を一息に斬った。



「椿の一閃首落とし



クマガースは首を斬られたことに気が付かず振り向こうとして、頭を落として、塵に還った。



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