新歌集より シノノメの傷心

 その日シノノメは、死んだようになっていました。

 カマボコ型の開放格納庫の隅にあるテーブルに額をくっつけ、動きもせずにどんよりとしています。

 当然周囲は困りました。一人が陰気だとチーム全部に雰囲気が移るのです。特にシノノメはムードメイカーでもありました。

 当然、原因の追及と対策は”新婚で眼鏡の”カズヒサに託されました。というよりも押しつけられました。

 またこれかと思いつつ、カズヒサはシノノメの横に立ちました。

--金欠ですか。

 返事は返ってきません。ダメだこりゃとカズヒサが周囲を見ると、もっと頑張れというゼスチャーが飛んできました、五、六人のスタッフが並んでラインダンスのようにがんばれー、がんばれーとやっていました。

 カズヒサはため息一つ。その後しばらく天井を見た後、声を掛けました。


--うちの嫁が煮物を作りすぎたとか言っていて。

 反応はありません。それでカズヒサは慌ててシノノメの肩を揺らしました。

--大丈夫ですか、食べ物の話で反応しないなんて。

--ほっとけ! 既婚者に何が分かる!

--フラれたんですね。分かります!

--そういう話じゃない!!

 事情を知ると、スタッフたちはなんだそんなことかと去って行きました。当然と言えば当然で、シノノメがフラれるのは、皆当然と思っていました。

 残ったのはシノノメだけです。カズヒサはため息をついて椅子に座りました。

--そういう話じゃないならなんです。

--昨日、待ち合わせしたんだ。彼女と。枯れた湖のそばに遺跡があるだろ。あそこで。

--なんであんなところで。場所がそもそも間違ってませんか。

--うるさい。黙れ、連続猟奇殺人が起きているんだ。安全な場所を選んだんだよ。

--あー。なるほど。それで?

 シノノメは机に突っ伏しました。

--それだけだよ。

--それだけだよって、相手が男だったとか。

--それぐらいは乗り越えられていた。

 カズヒサは若干下がりました。

--じゃあ、その性別の差より大きい、溝が。まあその、ミイラだったとか。

--なんでホラーにするんだよ。真面目に話し聞いてるのか。

--真面目に決まってるでしょ。じゃあなんなんです。

 しばらくの間がありました。


--来なかった。朝から待って、夜まで待ったがこなかった。最悪だ。もうダメだ。俺はフラれた。しかも金欠だ。

--最後の方は自業自得ですよね。

--うるさい黙れ、新婚に何が分かる。

 そう言った後で、シノノメはもうダメだーと言って再度机の上に突っ伏しました。

 カズヒサは、そんなに好きになるなんていいなあと、呟きました。

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