新歌集より マヘラの変心

 瞬とヨシュアの喧嘩を見て、心を痛める者が一人いました。名を心配性のリョウ・アークといい、マヘラ姉ちゃんが好きすぎて崇拝しているという噂のピロット族でした。

 二人の喧嘩を見てマヘラさん来て!と、祈っておりました。恋文をコンラッドが書いているので邪魔にしにこないかと、そればかりを期待していました。


 彼は勘違いをしていました。

 そう、マヘラ姉ちゃんは商人ホンマに諭されて、自分で言葉を覚えてたどたどしくも手紙を書いていたのです。


 マヘラ姉ちゃんは、趣味の壁壊しや暇つぶしの砂丘斬り、朝飯前の岩砕きもやらないで毎日小箱を抱いてはそわそわしていました。そして手紙が来ると、それから一生懸命手紙を読んで、手紙の返事を書いていました。

 羊角の化け物だろうが不死者だろうが核兵器だろうが一瞬でばらばらにするであろう、向かうところ敵なしというマヘラ姉ちゃんが、今回の戦いにでていないのは、そういう理由がありました。

 またそういう状態だったからこそ、商人ホンマはピロット族たちに事態の収拾を依頼したのでした。本来だったらマヘラ姉ちゃんが二行くらいで解決していたことでしょう。

 結果マヘラ姉ちゃんは、たまに手紙が来ない日に立ち上がり、月でも砕くかと言って色んな人に止められるくらいで、およそ静かに暮らしていました。


 もっとも。静かというのはあくまで周囲から見た話です。本人からすればどうかというと、一瞬の喜びと長い待ち時間と、それと少しの苦しみがありました。

 最近は、剣の腹で一回振るって作った家の池に自分の姿を映しては、肌の色とか髪のもじゃもじゃ具合を気にしてため息をついていました。

--や、やっぱり迷宮かなんかに行って肌が白くなるポーションとか見つけた方が。いや、でも冒険に行っている間に手紙が来たらどうしよう。

 答えの出ない考えを弄んでは、手紙が来ると嬉しくて喜び、時間とともに考えが沈む、という感じです。


 大量の難民がやってくる前の日、マヘラ姉ちゃんはついにシノノメから会わないか、という言葉に色よい返事を出しました。自分の容姿に自信はまったくありませんでしたが、それでも会いたいと言われ、自分も会いたいと思ったからでした。

 約束の場所はオアシスの湖の横、古代遺跡の前です。ピロット族が立てた偉そうな猫の象があって、そこで待ち合わせすることになっていました。

 マヘラ姉ちゃんは朝から待って、夕方まで待って、夜まで待った後、やっぱり月を砕くかと呟きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る