外つ歌 瞬の戦車戦

 ひっくり返ったホバー装甲車の中で、瞬は、瞬だけは冷静に事実を見つめていました。その冷静さは完全に異常者そのものでした。

 非常灯が点灯し、ほどなくして小田桐 諏訪郎がうめきながら、目を覚ましました。彼だけはシートベルトをしていたので、天井に座るような格好になっていました。


--女の人は大丈夫?

--ええ。幸いに。

 諏訪郎の質問に瞬はそう答えました。虫も殺さないような笑顔付きでした。

 実際ドリスは、瞬が冷静に抱きかかえて居たので目を回す以外は無事でした。柔らかいというよりも柔らかすぎるドリスの肌の感触に嫌悪感を覚えつつ、瞬はそれでも紳士的に振る舞いました。


--何が起きたか、教えてくれませんか。

 瞬は諏訪郎がシートベルトを外して落ちてくるのを受け止めながら尋ねました。

--核兵器ですよ。敵が核を使ってきたんだ。

--なるほど。核

--あー。こっちの人はそういう概念ないんだっけ。

--いえ。分かりますよ。

--おー。結構文明残ってるんだね。最初に説明を受けたときは、だいぶ退行しているところだとか言われて居たんだけど。

 諏訪郎は自分の打ち身の確認に夢中になって、瞬の表情を見逃しました。


--つまり、昔は宙に浮く兵器や核兵器を使う程度の科学技術はあった。が馬車を使う程度まで下がったというわけだ。

--え、何か言った?

--いえ、何も。放射線は大丈夫ですか。

--NBC防御は大丈夫だと思う。今救援信号は出したので、しばらくすれば助けが来るよ。

--なるほど。それは嬉しい。

 そう言いながら、瞬は思案する顔をし、すぐに笑顔になりました。

--黙って居ても不安なので、おしゃべりしませんか。

--ああ、そうですね。心配でしょう。もちろん。

 諏訪郎は笑顔で返しました。そのあとで、二人が無事で本当に良かったと言葉をかけました。

--僕たち以外の人は無事でしょうか。

--避難民は戦闘前に回収しては後方に……えーと砂漠のオアシスに送っているんだよ。家族とか居るならそこで安否を確認できると思う。

--ありがとうございます。

 瞬は目を赤く光らせました。一瞬だけ。

--問題は、そこに栄子ちゃんが居なかった時だね。

--栄子?

--いえ、こっちの話です。


 もう少しだけ付き合うかと瞬は考え、罪のなさそうな笑顔を向けました。

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