怒られるマヘラ
マヘラは世界終了級の激戦を何度かやったような顔でコンラッドを抱いて商人のところへ行きました。商人の家を守る傭兵たちはマヘラ姉ちゃんを見ると商人に言われたとおり逃げだし、商人と犬のインディゴは疲弊したマヘラ姉ちゃんと髭もよれよれのコンラッドの姿を見て、これは大変な事が起きたと瞬間的に察知しました。
--大丈夫、コンラッド? 骨かじる?
--毛艶が悪くなったので風呂に入りたい。
--ど、どうしたんだい。一人と一匹ともボロボロじゃないか。
商人の言葉に、薄い緑の綺麗な瞳孔を動かして、コンラッドは漢らしすぎる倒れ方をしているマヘラ姉ちゃんを見ました。
--恋文が来て返事を書いていた。
--ははは。まさか。
--ワンワン!
笑った商人とインディゴはあやうく真っ二つになるところでした。マヘラ姉ちゃんが嘘じゃねえよ剣を振るったからです。ただ屋敷が二つに割れました。
--ほ、本当なのかい。
--ウー、ワンワン!
--ホントだって言ってるだろ。
インディゴは犬歯を見せてえーという顔をし、商人はごくりと唾を飲み込みました。
--ど、どんな勇者が……
--おい商人。商人の丸焼きにするぞ。
--どんな人なの?
インディゴの質問に、マヘラではなくコンラッドが答えました。マヘラ姉ちゃんの手から逃げ出し毛繕いをしながらの話でした。
--猫好きらしい。
--ふーん。他には? 僕、散歩が好きな人がいいなっ。
--そりゃインディゴの趣味だろう。よろしくお願いしますが二度書いてあったから動揺していると思われる。
--恥ずかしがってんのさ。
マヘラ姉ちゃんが若干回復して屋敷を引っ張って繋げました。その後で顔を赤らめて、もじもじしました。
--まあ、なに? あたしくらいの美人になると動揺するのも仕方ないけどね。へへ。
インディゴが尻尾を振って商人を見上げました。
--へへって言ってるよ。
--美人かはさておき大抵の者は山砕きのマヘラと聞けばそりゃ動揺すると思うよ。
--おい商人。
マヘラ姉ちゃんが商人を締め上げようとする前に、コンラッドが口を開きました。
--それが、マヘラの名を知らないようで、どんな人かと聞いてきていた。
--あー。
--おい商人。そんなに丸焼きになりたいか。
--まあ、待ちなさい。
商人は静かに言いました。下ろされるとマヘラを見て、口を開きました。
--だいたいの事情は分かった気がするよ。要するにその返事を書くのに苦労していたと言うことだろう。
商人が言うと、マヘラ姉ちゃんは斜め下を見て長い縮れ髪を自分の指で弄びました。
--ま、まあ。そうね。流石のあたしも文章書くのは苦手だし。
--俺が代筆した。
--うるさい猫。
商人は半眼になって言いました。
--何と書いたのだね。
--そ、それは……
--肌は純白で真珠砂のよう、髪はたおやかでどこまでもまっすぐで漆黒の闇のごとく細腕は美しき彫刻のよう。
--ば、ばか。こんなところで言うな!
コンラッドが歌うように言うと、商人は首を横に振って肩を落としました。
--まあ、マヘラさんそこに座りなさい。
眼力に負けてマヘラ姉ちゃんとなぜかコンラッドが正座すると、家を壊されても面倒ごとを押しつけられても怒らなかった商人が怒り出しました。
--嘘じゃないか。
--う、嘘じゃない。こ、これからどっかの迷宮に潜って髪がまっすぐになるお宝とか拾ってくるもん。
--そういうのを嘘というんだよ。
商人は諭すように怒りました。
--どんな乱暴をしようとこのオアシスの人々がマヘラを追い出さなかったのは、その心根が邪悪ではないと思っていたからだ。嘘はいけないよ。それは邪悪なことだ。
--だから。迷宮に。
--魔法の品物で飾り立てた人間を本当に誰かが好きになると思うかね。それは金にあかせて大商人が着飾って娘を買うのと同じ、恥ずべき事だ。そういう商人はマヘラも嫌いだろう。
マヘラ姉ちゃんの目に涙が浮かびました。
--でも。
--でもじゃない。君は伴侶にまで嘘をつきつづけて生きるつもりかい。
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