魔法の小箱

 シノノメ・ナガトがぶらぶらと市場を歩いていたところ、仮面をつけたマントが話しかけてきました。怪しい事この上なく、手を振って追い払おうとしたところで、マントの下にどんな者がいるのか不意に気になって手を止めてしまいました。


--安いよ。二〇新エンだ。

--何を売りつけるつもりかは分からないが、その価格で安いってことはないと思うぜ。

シノノメはそう言いながらマントの下を覗き込もうとしました。直後に仰け反り、差し出されたものを見ました。

 宝石で飾られた、立派な小箱が一つ。

 いつの時代か分かりませんが大昔のものであるのは確かでしょう。よく磨かれではいましたが、あちこちくたびれているようです。

--悪いな。骨董には興味ないんだ。

--これは骨董じゃない。魔法の品。

--魔法ねえ。眼鏡のパイロットが素直になるような魔法なら買ってもいいが。

--結婚できる。

--ちょっと財布を確認させてくれ。いや待て、眼鏡のパイロットと結婚じゃなくて、ふつうに女の子と結婚だぞ。

--大丈夫。

 シノノメはお金を出そうとして、いやいや、俺そこまで追い詰められてないしと言い出しました。結婚できない人は大抵そう言います。

--じゃあ、困ったら来て。

 予想に反してあっさり引き下がりそうな喋る仮面付きマントに、シノノメは待てーと言いました。

--まあ、一〇シンエンなら買ってもいいかな。

--値段が下がると相手もグレードダウンする。

--20シンエンだ持ってけ泥棒。

--毎度。

 仮面付きマントは金を受け取り、小箱を渡すと、毎日小箱を開けるといいと告げました。

--毎日ってなんだ。あれ。

 雑踏の中でシノノメの手が泳ぎました。周囲には仮面付きマントの片鱗もありません。残されたのは軽くなった財布と小箱だけでした。


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--魔法をかけましたよ。

 そう言われてマヘラ姉ちゃんは片目を開けて周囲を確認しました。両目を開けて見ないのは乙女の恥じらいというものです。

--あ? 小箱があるだけなんですけど。

--その小箱こそが必ず結婚する魔法です。毎日恋文を投げ入れれば半年もせずにあなたは結婚するでしょう。

 ほんとうに? と言う顔で真新しい、輝く小箱を見るマヘラ。

 小箱の引き出しを開けると小さなペンと紙が入っていました。これで書けと言うのでしょう。

 マヘラはふーんと言う顔で箱をしまうと、そのまま剣を抜いてオアシス一の富豪の家に押し入りました。護衛をなぎ倒し.犬の似顔絵を描いている商人に剣を突きつけました。

--文字の書き方教えてくれない?

 商人の顔の情けないこと、犬と猫がよしよしとするほどでした。

--勘弁してくださいよ。私は私塾の先生じゃなくて商人なんですから。

--似たようなもんだろ?

--文字なら俺が教えよう。

 (マヘラ姉ちゃんではなく商人に)助け舟を出したのは商人の頭の上に乗っていた黒猫のコンラッドでした。

 ほんとかい。ありがとうとマヘラ姉ちゃんは猫を持って帰りました。商人は怪我をした傭兵たちに払う特別給金の計算をした後、尻尾を振って見上げる犬のインディゴの似顔絵をまた描き始めました。


 一方家に帰ったマヘラは、早速小箱を取り出しました。

--しかしなんで猫のあんたが文字なんか知ってるんだい?

--至高女神の父が新聞紙を広げているのが暇そうに見えたんで上に乗ってごろごろしてたんだが。その時新聞に包まれてほっぽり出されたことがあってな。その時覚えた。

--なんか分からんがまあ、文字が書けるならいいさ。あんたペンなんか持てるのかい?

--肉球をなめるな。

 目を細め、前脚の肉球をペロペロしながらコンラッドはいいました。

 それで、コンラッドを頭の上に乗せてマヘラは恋文を書きました。九割ほどは猫が書きました。

 その間、手紙をしたためる猫を頭の上に乗せて、マヘラは腕を組んで難しい顔をしていただけです。

 

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