飛べないパイロットの愚痴と疑問

 抜けるような青空を見上げ、飛行禁止を言い渡されているシノノメ・ナガトは肩を落としました。

--こんな良い天気なのに、飛べないなんて。

--どうせ飛行機は点検中じゃよ。

 基地内の行き来に使うオープントップの軽軍用車両に乗った老教授が、そう言いました。自らハンドルを握っています。

--ところでハンガーまで行くんだが、乗るかね。

--乗ります。

 助手席でシノノメは、相変わらずため息。それを教授は横目で見ると、楽しそうに運転しました。

--あの若造、いや、カズヒサってやつはどんな奴なんですか。

--美人の鳥人を嫁にしとるな。

--そりゃしってますよ。それ以外です。

--頭がいい上に度胸もある。まあ、どちらかというと研究者というよりはパイロットに向いてそうだがね。

--……それも知ってます。

--なんじゃ、随分詳しいじゃないか。

 教授に言われて、シノノメは苦い顔になりました。教授はついに我慢できず、声を立てて笑いました。

--お若いの、何がそんなに気になるんじゃね。あれは正真正銘男じゃぞ。

--皆がうらやむ惑星最高の大学に行って、鳥人とはいえ美人の嫁さん貰って、パイロットで初飛行でドラゴンをチェイサーにして飛んだやつですよ。なのになんであいつは、あんなに不幸そうな目をしてるんでしょうね。

--夢があるんじゃろうな。

--夢。

 教授の言葉に、シノノメは白目を剥きました。風に前髪が揺れました。

--どんな人間にも夢はある。老いぼれのわしにもできた。つい昨日な。

--はあ。どんな夢で?

--竜をおいてけぼりにするほどの速度を出す飛行機を作る。

 老教授の横顔は随分楽しそうでした。

--まあ、それまでは竜と併走できたらいいな、程度だったんじゃが、それが昨日、お前さんの手で実現してしまってな。で、夢を引き上げた。

--お若いですね。

--若返ったよ。まあ、気分だけはな。だからお前さんも、もっと喜びなさい。

 教授に言われてシノノメは微妙な笑顔を作った後、助手席のシートに深く身を埋めました。

--夢ってやつは楽しいんじゃないですか? なんであいつは苦しそうな顔してるんで?

--夢ってやつは苦しいし、悲しいし、憤りを感じるもんじゃよ。お若いの。さては何かに打ち込んだことがないな。

 言われてシノノメは、自分がパイロットになるまでの苦労を思い、また空を見上げました。

--それなりがんばって来たんですけどね。ほんとに。

--じゃあ、分かるんじゃないのかね。

 教授の言葉に頭を掻くと、シノノメはハンガーではなく、基地から離れた街に連れて行ってくれと言いました。あの陰気な顔を見ずに考え事をしたいと思ったのでした。

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