新歌集から 竜の炎

 竜の吐く炎の息は六〇〇〇度を超えて周囲の何もかもをプラズマ化しながら、西に向かって放射されました。

 地球大気の一五%が消失し、東京湾が福井県の若狭湾まで繋がる事態でしたが、スカイツリーの頂点から投げられた一本の槍がそれを阻止しました。


 音速の壁を越えて瞬間遅れて魂が震えるほどの爆音を残し、光の槍が竜に向かって放たれたのです。

 竜はこのため防御のために力を使わざるをえなくなり、大破壊はすんでのところで防がれたのでした。


 全身の鱗に対人用の瞳を出現させ、光の槍を瞳から放たれる無数の光線で迎撃、撃墜し、竜はにやりと笑いました。


--たった一人で戦うつもりか。鎧も持たぬ騎士よ。

--ついに人の心を惑わす言葉すらも身に付けたか、悪魔め。


 次の瞬間降り注ぐ対人光線を、召喚した無数の光の楯でヨシュアは防ぎました。慣れ親しんだ生臭いオゾンの、悪魔が発する匂いにかすかに顔をしかめながら、ヨシュアはゆっくりと周囲を旋回する竜を見ました。


--悪魔という観念上の存在については、我もいささか知っている。教えてやろう、悪魔とはお前の事だ。騎士よ。どうせ、その力で、これまでもおびただしい者を殺し、滅ぼし、殲滅してきたのだろう。

 ヨシュアの内心はともあれ、表情には出しませんでした。悪魔のやり方を、ヨシュアは良く知っていました。人の心の隙をついて、騎士を殺すのが悪魔のやり方なのでした。

--悪を滅ぼしただけだ。

--その悪はお前の家族の顔をしていなかったか? お前はお前の基準で、全てを悪と断じていなかったか?


 竜は、無数の瞳に黙ってたたずむヨシュアの姿を映すと、笑いだしました。


--いいや、断じていたね。お前は裁いていた。力があるということはそういうことだ。お前はお前の勝手で誰も彼もを殺した。

--許しはこの光の槍の中にある。私はただそれに従うのみ。

--その槍と我の発する光に、何の違いがある。


 ヨシュアは僅かに唇を噛みながら、スカイツリーの上から旋回しながら滑空する竜の姿を見ました。このまま、ただ戦えばこの地の過半は消滅するだろうと判断していたのでした。


--助けを待っているなら無駄だぞ、騎士よ。この世界は弱い。それとも守ろうとしているのかね? 一人で? 味方もなく? 味方になったかもしれないあらゆる者を殺してきた騎士が?

--弱いことになんの罪があろう。騎士の誓いは一つ。真理を守るべし。教会、孤児と寡婦、祈りをささげ、かつ働く人々すべてを守護すべし。すなわち全部を守る、例外はない。


 ヨシュアは再び出現させた光の槍の石突きを、スカイツリーの足場に打ち当てました。

--竜よ、悪魔よ。そなたの口車には乗らぬぞ。

--ん、んー。時間稼ぎでなければなんだ?


 横田基地から飛来したと思われる無人機数機を、竜は背の瞳から光線を放って叩き落としました。

 得意げに笑いながら竜はヨシュアの周りを飛びます。


--なんだ? 騎士よ。話せ。そうすれば、そう、この世界は苦しまずに滅ぼす。

 竜という生き物は知識欲の塊で、どこまでも知りたがる性質があるらしい、かつて従者時代に聞いたことをヨシュアは不意に思い出しました。


--いや、しかし、この状況、どうする。黙っていればあるいは時間は稼げるかもしれない。だが、だからどうしたというのだ。竜を滅ぼさねば、結局妖精の国は滅びる。

 無数とも言える地上の灯火を見下ろして、ヨシュアは金の髪を風に揺らしました。全力を出して相打ちを狙えるか、どうか。

 ではどうするか。

 ヨシュアは強すぎて、交渉などやったことをありませんでした。しかし今、その必要があって頭を必死に使い出していました。

 息を軽く吐き、口を開きます。

--その程度の条件で話すと思うか。

--ほう、交渉をすると言うか。面白い。実に面白い。


 竜は身体中にある瞳を閉じました。スカイツリーに掴まり、首を伸ばしてヨシュアに近づきました。


--ならば聞こう。どのような交渉をするのかを。だが、ここは、いささかうるさいな。


 地上の騒ぎに反応し、竜の背にある瞳が二列二〇個開いて光線が地上を焼き払おうとすると、ヨシュアはなんでか、竜が来たという言葉に恥ずかしそうにしていた妖精の娘を思い出しました。


--やめろ、やめねば、もはや話さぬ。

--ふむ。ならばこうだ。


 竜はスカイツリーの上層部を握りつぶし、ツリーの残骸ごとヨシュアを持ち上げました。

 そのまま転移呪文を使うと、竜とヨシュアは姿を消しました。


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