新歌集から グロリカの出奔
見習い魔術師グロリカは師が魔術を使ったところを見たことがありませんでした。魔術師なのに、自分の師なのに、一度もその片鱗も見せた事がありません。
訓練として行うのは、毎日の受け身と、歩き方、呼吸の仕方、薬草の知識や包帯の巻き方、人体の構造の仕組み、そして晴れた夜には、星の見方。
お師さまは、本当は魔術なんか使えないのではなかろうか。グロリカは自分の胸の中に疑念の種が撒かれて、おどろおどろしい双葉が芽吹くのを感じるのでした。
雨の日、師の静かに瞑想している間に、薄目をあげてグロリカは師を見ました。
師は雨を避ける魔術も、風を起こす魔術も使わずに、ただ雨に濡れながら瞑想をしている師は、いつもよりずっと貧相に見えました。
グロリカは疑念の芽が育つにつれて、苦しみました。魔術を使わぬという以外では、師はとても好ましい人物に見えたのでした。優しく、辛抱強く、厭くこともない、心優しい師。
でも、だからこそ、嘘をつかれていると思うと胸が苦しくなるのでした。それがどうしても許せないように思えてくるのでした。
--お師さま、魔術を教えてください。お願いします。お願いします!
ある日グロリカは我慢できなくなってそう言いました。師はまだ早いと言いかけて、グロリカの顔を見て言葉を換えました。
--宙に浮かぶ技と、服を出す技、どちらが良い?
グロリカは顔を輝かせました。
--宙に浮かぶ技を。
師はグロリカを連れて森を歩きました。この季節には良く居る枝に止まる芋虫を捕まえては、籠に入れていきます。
--これが、何になるのですか。
--見ていなさい。
師は芋虫の頭を手で引き抜いて、白くて長い内臓を引き出しました。
--これを乾かしながら糸車で長く引き延ばしていく。
師は半年ほどで、目にほとんど見えない透明な糸を作り出しました。
グロリカの目の前で手首を揺らすだけで数十歩先の枝に結びつけ、口を開きました。
--あとは、木々の枝を歩くように糸の上に乗るだけだ。修行はいるが、さほど難しくはない。まあ、それでも二年はかかるだろう。
グロリカはそんなの魔術じゃないと呟いて師から逃げ出しました。心の中は真っ黒で、禍々しい芽が大樹にまで育っていました。
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