第一章 アーネスト市編

一話 正剣の勇者


 殴り飛ばされた男が、テーブルに勢いよく背中から叩きつけられ、うめきを上げて床へ倒れ込む。足の折れたテーブルも一緒になって崩れ、けたたましい音が響き渡った。


「い、いきなり何をするんだ……! うぐ、い、痛い……!」

「そいつはこっちのセリフだぜ、このクソ野郎。ここは酒場なんだろ? だったらなんで酒は出せないってんだ、ええ?」

「おうよ。俺達が天下のダー兄弟だと知っての仕打ちかってんだ」


 吐き捨てたのは身なりの悪い、裸身の上に小汚い外套だけを羽織った面長の男である。

 そしてその隣にはもう一人、丸々と太った小男が並ぶ。赤いバンダナを目深に巻いて目元は見えないが、口元を歪めてせせら笑うような表情を浮かべているのは窺える。

 そんな事言われても、と殴られた男――酒場の店主は腰を押さえながらなんとか立ち上がる。


「あ、あんた達は来る度に物を壊したり、無銭飲食したり、客を脅したり……そういう横暴を見逃すわけにはいかないだろう……! 他の店からも苦情が出ているんだ、もう出て行ってくれ!」


 面長の男が手近にあったテーブルを強烈に蹴り飛ばすと、それはあっさりと壁際まで飛んでいき、こわごわと遠巻きに見守っていた他の客達をすくませた。

 彼らはマガト村に一つしかないこの酒場で仕事帰りに一杯引っかけるのを楽しみにしている労働者であり、当然店主とも顔なじみでいつも世話になっている。助けてやりたいのは山々だが、相手が悪名高いダー兄弟となるとどだい尻込みしてしまうのだ。


「おうおう、何か文句あるのか? 俺達に何かもの申してぇってんなら聞いてやらんでもないぜ、ぎゃはははははッ!」


 太った男があたりを睨み上げるように太い首を巡らすと、皆視線を逸らし、ある者は巻き込まれたくないとそっと酒場から出て行き、外の広場から指をくわえて窺うばかり。

 この場には、せめてもの秩序を守ろうと立ち上がった店主をかばうどころか、何らかの助けにもなろうとしている者すらいない――できない。

 そう思われた、時だった。


「やめて下さい!」


 ダー兄弟の野太い笑い声を断ち割るようにして、ぴしゃりとした叫びが上がる。

 そして間髪入れずその声の主は、店主を守るようにして前へと躍り出たのだった。


「なんだ、てめぇは……?」

「これ以上乱暴な真似はしないで下さい! 皆さん……困っているじゃないですか!」


 暴力的な気配を放ってはばからない男達の前へ現れたのは、杖を持った一人の少女。

 年の頃は十七、八くらいだろうか。腰まで伸びる、美しく輝くシルバーグレーの長い髪。純粋な光を宿す黒い瞳。一つ一つのパーツが芸術的なまでに整った可憐な顔立ち。

 服装は聖職者と思われる灰と黒を基調とした僧衣で、背中には何らかの宗教的意味を持つと思われる太陽を模した紋章が白の刺繍で編み込まれていた。

 そして両側から中ほどまでがスリムにくびれ、けれども身の丈ほどもある長さの杖を両腕で握り、さながら護身武器のように白いクリスタルのはめこまれた先端を掲げて胸の前で構えている。その立ち姿を見て、面長の男が眉根をひそめた。


「その衣装……てめえまさか、教会の人間か?」

「はい……サン・ルミナス教会の神官、ユーシュリカです。平和を愛する神の使徒としてあなた方の暴虐は見過ごせません、ただちにここから立ち去って下さい!」


 女性の平均では身長は高い部類に入るだろうが、それでもダー兄弟と比べれば見上げるほどの差がある。

 それでもユーシュリカはよく編み込まれ手入れされた銀糸のような髪を振り、真正面から否定するように男達を睨み付けたのだ。

 すると二人は、きょとんと顔を見合わせ。


「……ぶっ……ぎゃはははははは!」

「い、いきなりなんですか……何がおかしいんです!」

「おかしいったらねえや。野盗も黙る俺達の名を知りながらちょっかいかけてくるなんざ、てめえ、ここらの奴じゃねぇな? 旅人か?」

「はい……苦しみに喘ぐ人々を救うべく、各地を旅していて……」

「お、お嬢ちゃん、やめろ、逃げるんだ……」


 律儀に答えるユーシュリカの後ろから、ぜえぜえと息を荒げて店主が声をかける。さっきの怪我が痛むのか、顔色は青く、脂汗をかいていた。


「へへへ。こんな上玉がこんな辺鄙へんぴな村にやって来るなんてのはそうある事はねぇ。俺ァ決めたぜ、ヤナン。今日の戦利品はこいつにする」

「賛成だぜワリル。酒もいただく、女も手に入る。こいつぁしばらくぶりにいい日だ、最近はどいつもすぐ家に籠もっちまうからなあ」


 下卑げびた声を上げながら、ダー兄弟が薄汚い視線をユーシュリカへ向け――そのごつごつした手を、無造作に伸ばした。

 ユーシュリカはひっと声を上げて後ずさろうとしたがテーブルに腰が引っかかり、ただ迫り来る毒牙を見つめているしかなく。


「――やめろッ!」


 その刹那だった。酒場の入り口。集まった客や村人をかき分けるようにして、そこには小柄な黒髪の少年がひとり、仁王立ちしていたのである。


「……ああ? なんなんだてめぇは。いいところに、邪魔すんじゃねえよ」

「その人から離れろ」


 周りからは驚きと戸惑い、そして振り返ったダー兄弟からは殺意にも似たおぞましい目線で射貫かれているにも関わらず、その少年は淡い銀の瞳を一切逸らさず、ただ要求だけを言い放っていた。ダー兄弟のこめかみに青筋が立つ。


「こ、このガキャア……聞こえなかったのか? 死にたくなきゃとっとと俺達の前から消え失せろってんだ!」

「他の奴らもそうだ! 見世物じゃねえぞ、ぶっ殺されてぇのか!」


 激昂した悪漢どもの怒声に、村人達はおどおどと距離を取っていくが、少年は微動だにせずその場へ残るどころか、なんと迷いのない足取りで酒場の中へ踏み込んで行ったのである。


「だ、駄目です! この人達は危険です、あなたも逃げ――」

「うるせぇっ!」


 太った男――ワリルの振り抜いた腕がユーシュリカの頬に当たり、セリフを遮って後方へはじき飛ばしていた。


 ――その瞬間を目にした少年の表情が怒りに染まる。


「お前達……もう許さないぞ!」

「へえ、許さなければどう……って、え?」


 面長の男、ヤナンが嘲り笑うように視線を寄越すも――すでにそこに少年はいなかった。


「なんだ、野郎、どこへ……」


 その答えは半瞬後に分かり、しかしあまりの信じがたい現実に二人は驚愕きょうがくする事になる。

 先ほどは酒場の入り口付近にいたはずの少年が、いつの間にかダー兄弟の目前にまで跳躍していたのである。

 ほんの一度まぶたをしばたたいただけの時間で、何ら助走もつけず、ただの一飛びで、何メートルもあるだろうスペースを、一息に詰めていたのだ。

 まさに瞬間移動にも等しい動きにダー兄弟のどちらも対応できず、空中でぐるんと半身を回転させる少年を仰天したまま見つめる他なく。


「とりゃあっ!」


 気合一声、上方から回転を加えた跳び蹴りが浴びせられる。

 その標的は、ユーシュリカを殴り飛ばした小男、ワリル。


「――ぐぎゃあ!」


 ワリルは後ろ側のテーブルを纏めて巻き込み、ボールのように壁際まで吹っ飛ぶと、潰れた悲鳴だけを残して壁板までもぶちぬき外へ飛び出していってしまった。


「な、な……っ、なんだ、今のは……!」


 歳はユーシュリカよりも幼い、十二かそこらほど。体つきもまだ成長途上であり、胴衣の袖口からさらされている腕は引き締まっているものの、取り立てて鍛え抜かれているという風貌ではない。

 なのに、たった今起こった光景。店主も、残っている客も、ユーシュリカも――現実離れした出来事に、あっけにとられて立ちすくんでいた。


「て、てっ、てめぇっ……! い、一体なにもんだ!」


 しかれども、さすがに無頼漢でならした男というべきか、真っ先に立ち直ったのは残ったダー兄弟の一人、ヤナンである。

 対して、少年は鋭い目線をそちらへ向けて、威勢良く答えた。


「俺は正剣の勇者、ジャスティ! 世界に正義をもたらす者だッ!」


 場が、水を打ったかのように静まりかえる。

 皆、その名乗りに正気を疑った風に呆然と立ち尽くしていた。


「く……くそ、くそぉ! わけのわかんねえ事を!」


 と、ヤナンがじりじりと酒場の外側へ出て、少年――ジャスティから離れる。かといって逃げるでもなく、殺気のこごった双眸で睨み据えると。


「そっちがその気ならよう……見せてやる! このヤナン様の力をなぁ!」


 次の瞬間、ヤナンの背負う影がじわりと、黒の度合いをみるみる強めていく。

 時刻は黄昏時とはいえ、影が薄くなりはすれど濃くなる事はありえない。なのにそのありえない現象が今、ジャスティに続いて公衆の面前で巻き起こっていた。


「あ、あれは……まさか……」


 青ざめた店主ががたがたと膝を震わせる。他の者達も似たような状態で、その絶対的な恐怖にがんじがらめにされ、もはや逃げる事もできないでいた。


 けれどユーシュリカは口元を引き結び、ただじっと見据えて、一言。


「……生命アンクトゥワり……!」


「未来を拓くアンクトゥワよ――我が肉体に堅固無敵の装甲をよろわせろ、悪魔法セイフティ・ゼロ!」


 直後、影から湧き上がるようにして黒い粒子のようなものがヤナンの全身を覆っていった。さながら無数の虫にでも群がられたような様相で、ひい、とあちこちから小さな悲鳴が上がる。

 粒子に包まれているヤナンのシルエットが、ゆっくりと変わり始めていた。

 頭部が膨張したかと思うと前のめりに突き出て変形し、胴体の部分からはいくつもの腕のような器官が生えてくる。背中からは甲羅にも似た二枚の羽根らしき部位が出現し、びきびきと両側に開いていく。

 そうして、ヤナンが空まで届くような咆吼ほうこうを上げると一気に黒い粒子が舞い散って――そこから現れたのは、人とは似ても似つかぬ存在だった。


「これが俺の新たな力! 外道に堕ちた者だけがたどり着ける、真なる最強の姿よッ!」


 ヤナンは黒く、そして巨大な異形に変貌を遂げていた。頭部は扁平へんぺいな甲殻に覆われて前へせり出し、両側から触角のような器官と、そして中央部には雄々しい角が伸びている。

 頭部の少し下の顔部分は影も形もなくなり、代わりに二つの大きな複眼がぎょろつき、三日月型に歪められた口らしき穴がひっついていた。

 胴体からは元の腕に加え、脇腹、腰のあたりからそれぞれ新たな甲殻に守られた腕が生えて、ぎちぎちと拳を握る。背にはマントのように広く強靱な羽根が二対揃い、早く羽ばたかせてくれとばかりに小刻みな振動を繰り返していた。


「カブトムシ……」


 その姿にぼそっとジャスティが呟くと、ヤナンは具足のような足で床を踏み砕き、癇癪かんしゃくを起こした。


「違う! 俺をただの虫けらと一緒くたにするんじゃねぇ! 今から恐ろしさを味わわせてやるぜ!」


 腹の底から力を込めるように身を丸めると、どこからともなく空気が爆ぜるような怪音が断続的に鳴り響く。しかもほどなくして、音がそのまま可視化するように周囲の空間から火花のようなものが散り始めたのだ。

 瞬刻。ヤナンの額から生えた角を中心として突如凄まじい稲妻が発生し、まるでバリアのように全身を覆い込んだのである。その姿を目にして客の幾人かがざわめきたつ。


「ま、間違いない、奴は本当にアンクトゥワだ……!」

「確か第三の魔法を操るっていう、何年か前に世界中に現れた怪物どもの事だよな……!」

「や、やばい、ここにいたら殺されるぞ! 逃げろ!」

「この村はもうおしめえだ……あああ……!」


 泡を食って逃げ出す者、すくみあがって動けない者、ただただ救いを求める者とあたりは恐慌きょうこうに包まれる。

 雷雲もかくやという壮絶な紫の電光を足先から頭頂部までもに宿したアンクトゥワ・ヤナンは満足げに腕を組んでその混乱を眺めていたが、けれどもやはり特に動揺を見せないジャスティに、ぴくりと触角を震わせる。


「気に入らねぇな……その目つき。それともただの馬鹿か? まあいい、この姿になるとエゴの抑えが利かなくなるんだ。まずはてめぇから血祭りに上げてやる!」


 一際強く雷光が角へ寄り集まり――一秒後には、ヤナンの身体はそこにない。まさに稲妻そのもののスピードで酒場内にとどまっているジャスティへと、突進していたのである。


「串刺しにしてたっぷり電撃を流し込んで、ステーキにしてやるよォッ!」


 角を槍と見立てての、巨躯きょくを頼りに繰り出されるシンプルな体当たり。だがその一撃は串刺しどころか、人体を軽く粉砕するほどの威力を伴っていた。


「うう……っ!」


 戦いの行方を見守っていたユーシュリカは息を呑み、まばたきの後には起きてしまうだろう惨劇に顔を背け、まぶたを固く閉じかけたが――いつまで経ってもヤナンの笑い声や、攻撃を受けたジャスティの悲鳴などは聞こえて来ず、恐る恐る目を開くと。


「な、なんだと……!?」


 ヤナンもまた仰天していた。どれほどの修練を積んだ槍術からも放てぬ、電光石火とも呼ぶべき神速の刺突。

 だがジャスティはそれを紙一重で身を躱し、身を屈めて真下からヤナンを見上げていたのだった。


「よっと」


 ジャスティはそこから、まだ体勢の整わないヤナンの足下を軽く蹴りつける。

 するとヤナンは間抜けな声を上げて仰向けに転倒し、ごろごろと丸みを帯びた背中で床を転がってしまっていた。


「あはは、やっぱりカブトムシじゃないか……角も避雷針みたいだし」

「う――うるせぇ!」


 外殻を通り越さんばかりに湯気を噴き出し怒り心頭のヤナンがすぐに立ち上がり、再び全身に紫電を滞留させ、それを推進力に襲いかかる。


「くそっ、この野郎! 死ね、死ね、死ね!」


 今度は六本の腕からかわるがわるパンチを打ち込み攻め立てるものの、先ほどの突撃にも勝るとも劣らぬ間断のない攻勢でさえ、ジャスティは慌てず騒がず右に左に身体を揺らして避け続け、いつしか二人とも酒場の外の広場へと場所を移していた。


「馬鹿な……い、一発も当たらねぇ! ならこれはどうだ!」


 六本で足りぬならと、ヤナンが飛び上がりながら甲殻で強化された蹴りをぶちかます。

 空間を紫に焼け付くような軌跡を残す恐るべき速さの蹴撃なのだが、これもまた見切っているかの如くジャスティは身を逸らし、ヤナンの伸びきったつま先を鼻先にかすめさせてしまう。


「クソが、ちょこまかと……! し、しかしてめぇも何もできねぇようだな!」


 そう、ヤナンの防御は鉄壁である。全身を包む甲冑の外殻もそうだが、加えて延々と放電し続けるこの紫電。

 悪魔法により身に纏った雷撃は、ヤナンが敵を倒すまで半永久的に彼の身を守るのだ。


「うん、このままじゃ勝てないかも……だからっ!」


 素直に頷いたジャスティは、覚悟を決めたようにきっと前を見据える。その得体の知れない凄みのある素振りにヤナンは思わず攻撃の手を止めていた。

 その時になれば、ユーシュリカやいまだに残っている物見高い客、村の住人も彼らを追って酒場から出て来ていた。

 ――そうして、ジャスティから燐光のように浮かび上がる白い光に驚き、戸惑いの声を上げる。


「――いでよ正剣トワイライト! 正義の証をここに示せ――正魔法ジャスティス!」


 そう宣言した途端、ジャスティからまばゆいばかりの光輝が放たれた。


「あれは……剣の柄……?」


 ユーシュリカは目をすがめ、ジャスティの胸から、何やら柄のようなものが突き出ているのを確認する。

 すると迷わずそこへジャスティの手が伸び、柄を両手で握り込むと、ためらいもせず思い切り引き抜く。


「うおおおぉぉぉぉっ!」


 引き抜かれた先からは無数の白く輝く粒子が飛散し、けれどジャスティが右手で軽く振るうと霧散する。胸に開いていたはずの穴も、どうしてか消えていた。

 そしてその手に把持はじされていたのは、うっすらと光を帯びた剣。誰の目にも、そこらで出回る量産品とは一線を画す、なんとも見目美しい造作の一振りだと分かる代物だった。

 神々しき直剣の柄頭には、どこか夕暮れの空を思わせるオレンジ色の宝玉があつらえられていた。


正光ジャスティ・ライト――!」


 ジャスティがその剣を高々と掲げて、威勢良く叫んだ直後。それと同じ色の明るい輝きがいっそう強く、幾本もの光条として放たれる。

 その光は広場に残っている人々、酒場から出て来た者達へ浴びせかけられ、そこかしこでおののいたような声が上がるものの、やがて。


「……な、なんだ、この光……なんだか急に力が湧いてきたぞ!」

「ああ! さっきまでは足が言う事を聞かなかったのに……身体が軽いぜ!」


 光の柱を帯びた人々へ、ジャスティが懸命に呼び掛ける。


「みんな、正義に目覚めるんだ! 悪を絶対許しちゃいけない!」


 それに呼応するように、おおー! とみんなが一斉に腕を振り上げて笑い合う。


「そうだな、俺も目を逸らすのはやめて、たった今から正義に目覚めたぜ!」

「これだけ力がみなぎってるんだ、もうあんなアンクトゥワなんか怖くない!」

「勇者様、頼む! さっさとあの野郎をやっちまってくれ!」


 分かってる、とジャスティが頷き、剣を下ろすと光は静かに薄まっていくが――。


「正義になったみんなの思いがトワイライトに集まってる……これならきっと勝てる!」

「お、おいおい、さっきから何が起こってるんだ……奴ら何を寝言抜かしてるんだ、なんなんだ今の光は――なんだってんだその剣はッ!?」


 事態の推移についていけず当惑しきったヤナンに、ジャスティは剣の切っ先を向けた。


「これは正剣トワイライト……悪を討ち正義を示す、正義の神サンティーネ様から賜った神聖な剣だ! 敵が悪であるほど、そして俺の心が正義で満ちる程に強くなる!」

「せっ、正義正義と意味の分からねぇ事を! そんな剣一本で何ができる!」

「お前を倒せる! 行くぞ――!」


 ジャスティが再び剣を振り上げると、そこに集約された力を解放するかのように、白の閃光が際限なく放出されていく。

 天を突くように巨大で、まるで裁きを思わせるとてつもないエネルギーだった。


「お、おい、よせ……限度ってもんがあるだろ? そ、そんなもんぶち込まれたら……」


 もう避けるとか受け止めるとか、そんな次元のレベルではない。

 視界を埋め尽くさんばかりの光にヤナンは後退しようとするが、すでにジャスティは走り出していて、周囲からは声援が上がっている。


「いけぇぇぇヒーロー! 俺達の分も、あいつに一発くれてやれ!」

「俺の力を預けたんだ、しょっぱい攻撃じゃ承知しないぜ?」

「俺達は信じてる! あんたが救ってくれる事を、正義は最後には必ず勝つ事を!」

「ああ、みんな任せてくれ! その思い、確かに受け取ったから! ――さあ受けよ正義の一撃! はああぁぁぁっ!」


「や、やめ――ぎょおおぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 振り下ろされた剣光は紫電だろうが外殻だろうが関係なく全てをまんべんなく打ち砕き、天地を揺るがす轟音と衝撃がヤナンの絶叫すら呑み込み何もかも吹き飛ばしていた。

 ついでに酒場の半分も、後ろにあった空き家も何軒か。


「や、やった……やったぞおぉぉぉぉぉ!」

「俺達の正義の勝利だッ!」

「救世主様アアァァァァァ愛してるううぅぅぅぅッ!!」


 割れんばかりの快哉が響き渡る中、ジャスティは一息つきながら剣を下ろしていた。

 眼前には人間の姿へ戻ったヤナンが白目を剥いて倒れている。死んではいないが、とりあえず動ける状態でないのは誰の目にも明らかだ。

 と、ヤナンの身体からじわじわと、あの黒い粒子がにじみ出るように浮き出て――それがジャスティの剣へと殺到した。

 すると剣は優しげな光で瞬き、その黒い粒子を迎え入れるように吸い込んでいったのである。


「浄化完了っと……なんとかなって良かった」


 その言葉を待っていたかのように、ぎゅるうと間の抜けた音がした。ジャスティの腹の虫だった。


「おなかすいちゃった……」

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