ウッドゴーレム 2
どしん、どしんと重量級のものが動く振動を響かせながら、遺跡の回廊をウッドゴーレムが歩いている。
そのウッドゴーレムの前には、ストレイと、セイル、ハイネルが順に並んで歩いていた。
「…………」
ふと、ストレイが足を止め、ゴーレムを振り返った。
すると芋づる式にセイルとハイネルの足も止まる。そしてそれに合わせるように、ウッドゴーレムも足を止めた。
「…………」
そしてストレイが歩き出す。セイルとハイネルも歩き出し、ウッドゴーレムも歩き出す。
(何コレ)
ストレイは正直にそう思った。
三人が足を止めればウッドゴーレムも止まり、三人が歩けばウッドゴーレムも歩く。まるで親鳥の後ろをついて走る雛鳥のようでだと、ストレイは思った。
まぁ、雛鳥と言うには、ずいぶんと大きな相手ではあるが。
「いやあ、それにしてもゴーちゃんは良い子ですねぇ」
「ですねぇ」
セイルとハイネルが何やら楽しげに頷きあってる。
二人は歩きながら、ウッドゴーレムと遊んでいいた。
セイル達がその大きなウッドゴーレムの腕じゃれつけば、ウッドゴーレムはひょいと腕を上げ、二人を持ち上げる。まるで親が赤子にするような『高い高い』のようだとストレイは思った。
「…………」
歩きながらちらりと振り返ると、ストレイの視線に気づいたウッドゴーレムは一瞬動きを止め、ゆっくりとした動作で動き近くの石柱に隠れた、ように見えた。
(逃げ、られた……!?)
もしかしたら、そういう動きではなかったのかもしれない。
だがストレイはそれを見て、頭の上にガーンと瓦礫を落とされたような衝撃を感じた。
何とも言えないその衝撃に、ストレイはよろよろと後ずさると、近くの壁に寄り掛かる。
(べ、別に……別にショックなんか受けていないし)
誰に対しての言い訳なのか、ストレイは心の中でそう叫んだ。
誰が見てもショックを受けている事は丸わかりである。そんなストレイを見て、セイルが気遣うように近づいて微笑む。
「大丈夫ですよストレイ。ほら、きっとゴーちゃんは人見知りなんですよ」
「ゴーレムが人見知り!?」
「大丈夫、しばらくすれば慣れます」
「慣れるの!?」
そう言うと、セイルはウッドゴーレムの方を向いた。つられてストレイも顔を向ける。
視線の先では、石柱から姿を現したウッドゴーレムが、ハイネルがじゃれ合っていた。
「ははは、ゴーちゃん高い高い!」
ウッドゴーレムは両手でハイネルの体を掴むと、軽々と空中に向かって投げてはキャッチし、投げてはキャッチしを繰り返している。
危ない方の『高い高い』を見ながらストレイは、
「く、悔しくなんてないんだからな!」
心の中だけでは我慢出来なかったようだ。
くっと顔を逸らすと、悔し紛れにそう言った。
「……ん?」
ふと、その時。
逸らした先で何かを見つけたストレイが、不意に、不思議そうな声を漏らした。
「どうしました?」
「いや、あそこ」
四体のストーンゴーレム達が眠る側の回廊の途中、ちょうど制御盤がある辺りだ。
そこには人一人入れそうなくらいの穴が空いている。
近づいてみると、そこはどうやら遺跡の内部に繋がっているようだった。
「この遺跡、まだ奥があったのか……」
白雲の遺跡は、セイル達やウッドゴーレムが暴れた事により、色々な場所が崩れている。これもその一つなのだろう。そうして生まれたらしき穴を、ストレイは覗き込む。
「念のため確認しておくか……お前達はどうする?」
「行きます行きます」
「冒険ヒャッホイ」
「ヒャッホイって」
ところどころから光は漏れているものの、薄暗い通路である。
ストレイは腰のカンテラを外して手に持つと、火を点けて穴の中へと差し入れた。
どうやら今いる回廊と同じくウッドゴーレムが入っても問題ないくらいの高さと広さはありそうだ。
だが、残念ながらそこへ入るまでの穴は、今のままではウッドゴーレムは入ることが出来ない。
「ここで待っていて下さいね」
ハイネルがそう言うと、ウッドゴーレムは頷いて穴の横の壁に座り込んだ。
膝を抱えている。
その様が可愛くてセイルはにこにこ笑っていたが、ストレイは何とも形容しがたい顔でそれを見ていた。だがそのまま何も言わずに顔を逸らすと穴をくぐった。
ストレイの後を追ってセイルとハイネルも穴をくぐって通路へと入った。
「意外と風通しが良いですね」
もっとじめじめしているのかと思っていたハイネルは、驚いたように呟く。
どこかに外と繋がっている場所があるのか、遺跡や洞窟特有のかび臭さもなく、むしろ僅かに甘い香りがした。
「これ、白雲の花の香りですね」
くん、と鼻を動かしてセイルは言った。
白雲の花は、この遺跡の奥に群生地がある。もしかしたら、この先のどこかがそこに繋がっているのかもしれないとセイルは思った。
そうして遺跡の中を少し歩くと、どこからか、ひゅう、と風が吹き込む音が聞こえてきた。
「ふむ」
ストレイはそう呟いて、音の方を目指して歩く。
その音を頼りに歩いている内に、薄暗かった通路はだんだんと明るくなり、やがて一つの部屋に出た。
「これは……」
天井と入口の高い、それこそゴーちゃんが入れそうなくらい広い部屋だった。
壁にはゴーレムの設計図、のようなものがゴーレムの絵と一緒に描かれている。
部屋には簡素なベッドと、窓、ガラス戸のついた本棚。ゴーレムの設計図の書かれた壁側には工具が乗った細長いテーブルもある。
窓はガラスが割れて窓枠だけになっているが、本棚の方のガラス戸は無事だった。
本棚の中にはゴーレムに関する資料や、魔法に関する本が並び、その手前には写真立てが一つ置かれていた。
「こりゃあすげぇな……」
ストレイは感心したように呟く。
そうしてカンテラの火を消すと、本棚へと近づいた。
長い年月放置されたものだ、触れると壊れてしまうかもしれない。そう考えて、ストレイはガラスを割らないようにそっと力を込めると、存外あっさり戸は開いた。
ストレイは真剣な面持ちで、中に入っている本や資料に手を伸ばすと、読み始めた。
「……ふむ、ゴーちゃんを作った人の部屋、でしょうか」
そう呟くと、ハイネルもゴーレムの設計図の書かれた壁へと近づく。
そして鞄からメモ帳を取り出そ、それを写し始めた。ウッドゴーレムの足の修理に使えるかもしれないと思ったのだろう。
文字のほとんどは古代語で書かれたものなので今は読めないが、後で翻訳するつもりのようだ。
そんな二人を見ながら、セイルもぐるりと部屋を見回し、窓に近づいた。
窓枠に手を触れて、体を乗り出す。そこからは白雲の花の群生地が見えた。
セイルとハイネルが休憩をとった場所も見える。
あそこから見えなかったのは、恐らくここが死角になっていたからだろう。
「うわあ」
見晴らしがよく、風通しも良い、良い場所だ。
さらさらと風が吹く度に、白雲の花の群生地が動き、雲が流れているように見える。
ここで生活をするのは、きっと気持ちが良いだろう。
セイルは窓から離れると、少し考えた後で、手に持っていた水音の杖の底で軽く床を叩いた。
ポーン、とピアノのような小さな音の波が広がる。
その音の波に合わせて、サラサラとした金色の砂のような光がセイルの周りに現れる。
光は宙を舞い、セイルの方へと吸い込まれて行く。
セイルは目を開けたまま、この部屋のログに触れる。内容は見ない。ただ触れるだけだ。
ログを見るためには目を閉じなければならないが、こうして目を開けていれば、内容を見ずにただ感じる事は出来る。
「…………うん」
優しい、あたたかなログだった。
ちょうど、ホットココアを飲んだ時みたいな。
そんな感覚にセイルは自然と微笑んだ。
「嬉しそうですね、セイル」
気が付くと後ろにハイネルが立っていた。
設計図の写しが終わったのだろうか、メモ帳を閉じるところが見えた。
セイルはハイネルに向かってにこりと笑うと、部屋をぐるりと見回す。
「ええ。……あ、そうだ。もう一つありました」
「うん?」
「ほら、私が冒険者になった理由です。こういうログに触れたいからってのも、ありますね」
ハイネルは目を丸くした後、部屋を見回し、本棚の中に置かれた写真に目を止めた。
古い、古い写真だ。色あせた、本当に古い写真である。
この遺跡に人が住んでいた頃の写真だろう。
写真には一人の老人、背の低い青年、そしてウッドゴーレムの姿もあった。
老人は気難しそうな顔で、青年は困ったような笑顔で、ウッドゴーレムは今と変わらない姿で写っている。
写真を見ていたハイネルがフッと笑った。
「なるほど、確かに」
窓から吹き込んだ風がさらさらと髪を撫でる。
ハイネルはセイルの隣に立つと、窓に向かって左手側の壁によりかかり、目を閉じた。
静かな、静かな時間である。しばらくすると、ストレイが本棚から幾つか資料を抜き取って、鞄に入れて立ち上がった。
「終わりましたか?」
「ああ、悪いな。悪用されるとまずい奴だけ、ギルドに持って行く」
そう言うと、ストレイはそっとガラス戸を閉めた。
その時に、彼の目にも一瞬、本棚に置かれた写真立てが映ったようだ。ストレイはその写真を見て、少しだけ微笑んだ。
「それじゃ、行くか」
「はい」
ストレイが部屋を出ると、セイルとハイネルもそれに続いた。
ふと、部屋を出る時セイルは一瞬だけ足を止めた。
(お邪魔しました)
そして心の中でそう呟くと、軽く会釈し、二人を追いかける。
外へ出た頃にはすでに昼近くになっていた。
ウッドゴーレムは相変わらず膝を抱えて通路に座り込んでいて、セイルが「ただいま」と言うとのそのそと立ち上がった。
ストレイはウッドゴーレムを見上げたあと、何か思う所があったようで、その巨体を手でポンポンと優しく叩く。ウッドゴーレムは少しだけ首を傾げた。
「あー、しっかし、疲れたなぁ」
そうして、ストレイは大きく腕を伸ばす。
「そろそろ飯にするかぁー」
「ご飯! ご飯食べましょう、ご飯!」
ストレイの言葉に、真っ先に反応をしたのはセイルだった。
そんな元気な声と一緒に、セイルのお腹の虫が鳴く。
セイルは一瞬固まると、誤魔化すように笑ってお腹をさすった。
「セイルは食事に対する反応が早いですね」
「いやぁ食事ってやっぱり大事じゃないですか?」
「知らない人に食べ物貰っても、ひょいひょい口に入れるんじゃねーぞ」
「大丈夫、ログを見てから食べます!」
「そういう問題じゃねぇ」
力強く頷くセイルに、やれやれとストレイは肩をすくめた。
そうやって話しながら、三人は遺跡の奥の白雲の花の群生地を目指す。休憩するならあそこが一番なのだ。
白雲の花の群生地は、地上にいながら、まるで雲の上のようだ。
あの上に寝転がると、まるで空を飛んでいるように錯覚してとても心地が良い。
そんな事を思って、空を見上げてストレイは目を閉じる。
「あー、ほんと腹減ったぁ……」
ぽつりと呟いた声は空に吸い込まれていった。
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