エピローグ

「5年越しに自己中な元カレがねぇ。ていうか若干怖くない?」

 香ばしく焼き上げた肉を頬張り、シャンパンを片手にラッセルが言った。

「もう良いじゃないですか!付き合ってる時は楽しかったし、終わったことだし」

「次はああいう男と付き合うことだな」


いや、レベル高すぎでしょ。ひっくり返ってもわたしなんかじゃ釣り合わない。

 ああいう男とは、クリス隊長。今日の主役だ。


 わたしたちは結婚パーティーにお呼ばれしていた。

 バース随一のデートスポット、運河に面したオシャレなレストラン『プラタナス』を貸し切ってのパーティーなのだ。


 クリス隊長は将校の礼装姿。略装でも王子様級にカッコよかったでしょ?更に銀の装飾品一式を纏うと、もうファンタジー世界の住人よ。


 もう一人の主役である新婦エマは、シンプルな白いドレス姿が輝くような美しさを引き立てて、巻き上げたツヤツヤの金髪にピンク色の頬、こんなに綺麗な人を見たことない。それもそのはず、なんとつい最近まで女優をしてたんだって!


「ほんっとキレイだよねー」

 リサと二人して何度目か分からないセリフを言い合っていた。いつまででも見ていられるような二人でね、背が高くてスタイルがよくて美しすぎるのだ!


 あれからガードネント派が一掃されたことで、軍内の勢力図は激変したらしいけど、わたしたちの日常生活はといえば、副司令官が新しくなったくらいで何も変わらない。


 ジェフリーが収監された後、処分こそ受けなかったもののクリス隊長はかなり気を落としていた。痩せてしまい、任務から外れることもあった。結婚を延期しようと考えていたとも聞いた。

 けれど、前に進むようにと司令官が後押ししてくれたんだそうだ。それに、そう望んでいるとジェフリーから手紙が届いたのも大きかった。


 そしてもちろんクリス隊長を支えたのは隊員たちだ。それぞれにショックだったはずだけど、お互いに言わずとも通常外の役割や任務を嫌な顔せず引き受け、サポートし合っていた。

 そうして今日という日を迎えることができたんだ。


 わたしもいつか、そんな風に役に立てる人になりたい。そのために成長していきたいって思う。


 運河のほとりのレストランは、半分がテラス席になっている。わたしたちは一番水面に近い方のテーブルに座っていた。


 リサは黒のミニドレス。細い脚を出して、髪をクルクルっと上に結い上げ、いつもより大人っぽく見える。

 わたしはエメラルドグリーンのワンピースを新調した。ふんわりしたシルエットで、リサと一緒に選んだから間違いないでしょ。お揃いの髪飾りをポイントにつけて、少しはお化粧もした。


「二人とも今日は見違えるじゃない。かわいいよ」

 リップサービスだと分かっていてもこの人に言われると顔がほころんでしまう。アークは白シャツにグレーの上下を着ていた。ジャケットの襟だけが黒色で、なかなかお洒落なデザインだ。


「あの二人は同じ地元の幼馴染で、10代の頃から付き合ってたンだが、何度も別れては付き合ってを繰り返してな、ッたく執念深い男だ」

 そう言いながらも嬉しそうなジャック隊長。既にほろ酔いだ。ピンク色のシャツ姿と意外な取り合わせだがとても似合っている。


「エマの方がサバサバしてて男っぽいんだよ。芸能界で生き残ってきたから、ちょっとやそっとじゃビクともしないしな。そろそろ妊娠したいから女優は引退するって、逆プロポーズだったらしい」

 白シャツに黒ジャケットのグレイヴ隊長が言うと、3人して苦笑した。


 家族以外の一人がそんなに長く心の中にいるという経験はわたしにはない。そこまでじっくり人の心に入り込んだこともない。

 アルのことも、あの時のわたしがもっと自分をしっかりもって、彼に向き合えていればこうはならなかったのだと、今は思う。


 日差しが暖かくうららかな午後だった。ガーデンパーティー日和だ!


「リサァ~今日は色っぽいね~」

 隣のジャック隊長との間に強引に入って来たのは、チャラ男オーウェン!(一応これでもクリス隊)


「脚がキレイなんだな~今度二人っきりでよく見せてよ~」

 って、手を太腿に置くなぁ!しかし、リサはそんじょそこらの女子じゃない。


「オーウェンは胸の大きい人が好みと聞きましたけど」

「オレは胸の大きさなんてこだわらないよ~。かわいくなかったら意味ないし~」

「じゃあかわいくて極貧の方がいいって断言できるんですか?え?」

「い、いや~それは~」

 とどめに睨みつけられると、チャラ男はどこかに退散していった。


「こだわらないなんて言う男ほどね、オッパイ好きなのよ」

 決まった!気持ちいー!


「胸なんか無くってもなァ、リサほど可愛さと性格の良さと頭の良さを兼ね揃えた女、そうはいねエぞ」

「隊長っ!貧乳っていちいちデカい声で言わなくていいですから」

「おう、すまねェ」

 豪快に笑うジャック隊長とお酒を注ぎ合って、楽しそうだこと。


「さぁて、そろそろ行ってくるとしますか」

 短い髪を整えて立ち上がったヒースが向かうのは、新婦エマの女優友達の席。

「隊長の分までしっかり働かないと」


 さっきエマが直々に「あなたのために連れてきたんだから行ってきなさい」とお尻を叩きに来たのに、グレイヴ隊長ったら「俺はいいから」って一歩も動こうとしないんだ。


「とっとと行け」

 だって。もー、そんなだから男色ソフ不能ピエなんて言われちゃうんだよぉ。もはや確定?


 すると、ヒースと入れ替わりにクリス隊長がやって来た。少し酔っているようだ。結構飲まされてたもんね。

 テーブルにあった水を奪って一気に飲み干す側から、アークがワインをドバドバ注いだ。


「いや、それ無理だから」

「メグリサ!幸せにあやかりな。こっちにおいで」

 というわけでわたしとリサは両隣に座らせてもらい、クリス隊長は「乾杯」とグラスを傾けてくれた。それだけでドギマギしてしまう。ちょっと酔っているせいで、余計に目つきが色っぽい。


「元カレとちゃんと和解できたの」

 うっ…!ズバッときた。あれ以来、クリス隊長とはきちんと話をする機会もなくて。でも一緒に任務をこなしたからか、クリス隊長の意外な面を知ったからか、もっと話をしてみたいと思っている。


「はい。お互い納得できたと思います」

「復縁は?」

「ないです!」

 即答だな、とクリス隊長は笑った。


「じゃあ、新しい出会いを探さなくちゃね」

「隊長はどうしてエマさんを選んだんですか?」

 ナイスな切り返しはリサだ。


「選べるほどモテないよ。そうだなあ、向こうはどう思ってるか知らないけど、俺は最高の女性だと思ったからかな」

 さらっと完璧すぎる…!聞いたこっちが赤面してしまう。


「クリス隊長みたいな人はどこにいるんでしょう」

「そんなの、案外近くにいるものだよ。仕事を頑張っていれば良い事があるよ。その姿を見てくれている人が必ずいるから」

 きっとわたしたちの目はキラキラしているだろう。その言葉、一生忘れません!


「仕事頑張ってるのに良い事無い奴もここにいるけどな」

 涼しい顔でアークがつっこむと、グレイヴ隊長はちょっと肩をすくめた。


「学生時代、アークからひどい目に遭わされたのはアリシアだけじゃなくてさ」

 と、手榴弾を投げてきたのはクリス隊長。


「全寮制の士官学校で俺たちは4年間同室だったんだけどね、ある日部活が終わって部屋に戻ったら、半裸の女の先輩が寝てるんだよ。こっちが焦るだろ?」

「それも1回や2回じゃねェどころか、同じ女でもねェからな。現場に遭遇して1期上の女学生会長に張り倒されたのお前ェさんだったか?」

「俺だよ」とグレイヴ隊長。


「で、なぜか女から敵視されるのは俺たちの方だった。だからいつも部屋に入るときは、まずドアを少しだけ開けて、入りますって言ってから入るのが習慣だったな。自分たちの部屋なのに」

「言っとくけど、オレから引き込んだんじゃなくて襲われたんだからね」


「いつの間にかオレの友達と付き合ってたこともあったなァ。しかも6股」

ツラ貸せってなってね、殴り込みされてさ、駆り出されたこともあったな」

 うんうんってクリス隊長とジャック隊長。それを笑い話で済ませられる皆さんがすごいと思うんですけど…!わたしとリサはコメントのしようがなかった。


「うちの母は変わっててね、虫の研究なんかしてるんだけどさ、交尾した後、相手のオスを食い殺して食糧にする種類ってのがいるらしいんだよ。あんたもいずれそうなるわよって、よく言われたもんだ」

 しみじみと当の本人。

 親から言われるって…やっぱりこの人、黄金世代きっての蛇なんだわ。


「身を亡ぼすのは、酒と金と本気の恋って昔から決まってるんだ。二人とも気を付けるんだよ」

 クイっと右の口角を上げる。


 それから軽快な音楽が奏でられて、ダンスが始まった。クリス隊長は新婦を迎えに行く。

 家族連れで来ているジャック隊長やラッセルは奥さん子供と、独身貴族グレイヴ隊長とアークは椅子から立ち上がろうとしないので、わたしはリサと踊っていた。といってもリズムに合わせて体を動かす程度だけどね。


「オレも入れてくれよ」

 ずっと食事にがっついていたレクサスだ。軽快なステップで手のフリまでつけちゃって、意外とうまいじゃん。


「元カレが犯人じゃなくてよかったよな。ちゃんと仲直りできたんだろ。あれ以来連絡とってんのか?」

「ううん、お互いにもう取らないと思うな」


「じゃークリス隊長みてーにはならねーわけだな」

「そうだね」

「オレも最初に付き合った女と結婚してーな」


「へー、意外とロマンチストじゃん」

 リサにどつかれると、

「危ねーな!落ちるだろ!」

 って、このシチュエーション、一人ぐらい落ちなきゃ駄目じゃない?

 リサとニヤリ笑いあうと、せーのでレクサスを突き飛ばす!


 バッシャァァァアアーーン!!


 見事な水しぶきを上げてダイブしてくれた。もう大盛り上がり。

 すると、今度はクリス隊3名が新郎をワッショイワッショイして、なんと水の中に放り投げたではないの!これには司令官もお偉方も手を叩いて大喜び。


 水も滴る良い男になってしまったクリス隊長の元に、なんと新婦エマも飛び込んだ!拍手と口笛で会場のボルテージはマックス。

 そして、抱きとめたクリス隊長と笑い合って、唇を重ねた。それはそれは長ぁーいキスだった!


 あぁ!幸せな気分!

 いいなあ!なんて素敵な二人なんだろう。「いい人見つけようね!」なんてリサと手を握り合ってしまいましたよ。


「おめーらもだ!」

 しかし不覚にもレクサスに背後を取られてしまった!

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ストライクアップ エピソード1~2 乃木ちひろ @chihircenciel

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