第58話

「着いたようだな」


馬車がゆっくりと速度を緩め止まった。クレメンス家に到着した合図だ。ここで2人は話を止めて扉から出るよう身を乗り出した。

ガタンと音がして御者ぎょしゃの手によって扉が開けられる。



「さて。手を」

「はい」


ランスロットは自らが先に馬車から降りる。周りを確認し、馬車の中にいるエレーナに向かって手を差し伸べた。一連の動作が騎士のそれで、彼の騎士としての習慣にふふっと笑ったエレーナは、白手袋がはまったその手に自分のそれをそっと乗せた。その安心しきった様子をみて、ランスロットは今日何度目かわからない悪戯っこのような笑みを浮かべる。「え?」と思ったと同時に、優しく添えられた手をグイッと力強く引き寄せられる。軽く悲鳴をあげたエレーナをランスロットはいとも簡単に抱き上げたのだ。



「ら!!ランスロット様!!」

「騎士団の習わしでな。新郎は式後、屋敷に足を踏み入れる際は、馬車からベッドの上まで新婦を抱き上げ運ぶものだ。」


そんな習わし聞いたことがない!とエレーナは抗議を試みるが、【騎士団の習わし】と言われてしまえばどうしようもない。しかし、エレーナは大きな心配事で頭がいっぱいだった。



「ランスロット様!でも!まだお身体が!!」


何度も言うが、彼は毒によって思うように体が動かせない筈だ。いくら鍛錬し日常生活の水準に達したからと言って過度な動きは難しい筈だ。しかし、エレーナの抗議をランスロットは飄々と受け流した。



「キースのおかげである程度の動きは習得したのだが、一つどうしても試せなかったことがあってな」

「え?」


突然何を言い出すのかとエレーナは首を傾げた。ちらりと流し目でこちらを向いたランスロットは、どこか艶めかしい雰囲気を曝け出す。しかし、その瞳の奥にはギラギラと獰猛さを含んでいて、エレーナはギクリと肩を揺らした。

エレーナの耳元でランスロットが甘く囁く。



「今夜、君と一緒に確かめさせてくれ」

「.....ッ!?」



その言葉の意味を理解して、エレーナは顔を真っ赤にさせた。パクパクと口を開け閉めする彼女をみてランスロットは再び笑う。「1年以上も待ったんだ。容赦はできんだろうな」と追い討ちをかけるのも忘れない。



赤らめた顔をそのままに、キッと無駄な足掻きでランスロットを睨みつける。視線を合わせれば仮面の無い彼の表情がすぐに視界に捉えられた。赤銅色の髪と同じ色の瞳が月夜に照らされてキラリと輝く。それは熱を孕んだ物でもあり愛していると悠然に語るようでエレーナはハッと息を飲む。


ああ、なんて美しいのだろう。

エレーナは眩しそうに目を細めランスロットを見遣った。


出会った時から、彼はエレーナにとって美しかったことを思い出す。

それは仮面がない時代に周りを惑わした美しさとは違う、身のうちからでる魅力そのものだったのだろう。時に優しく、時に危険に彼はいつもエレーナに対して情を注いでくれた。


エレーナは地面に足をつける事を諦めて、そっとランスロットの首に腕を回して寄り添った。




「愛しています。ずっとおそばにおいてください」

「....言われなくても」



囁きほどのエレーナの声を拾ったランスロットは、今までで一番と言っていいほどの力加減で彼女を抱きしめた。




もう二度と手放す気はないよ。

優しく響いた彼の声は唇によって塞がれる。

それでもエレーナの脳内には一言一句違わずに響いた。




こうしてエレーナ・ラド・ソフィアは、変人軍人ランスロット・リズ・ド・クレメンスの仮花嫁から正真正銘の花嫁として迎え入れられたのだった。








────end.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る