第43話


イーダによる停止の指示によってエレーナは足を止める。本来なら相手の言葉を無視してやり過ごすべきだったが、長年の培われてしまった反応が抜けていなかったようだ。眉を下げたままエレーナはおずおずとイーダの方へ向き直った。




「....わかったわよ。屋敷に戻るわ」

「え」



あっけなく引いたイーダにその場にいた人々が肩透かしにあったような反応を見せる。

イーダはそれを華麗に無視してスタスタと大通りの方向へ足を動かした。エレーナの近くまで来るとツイッと鋭い視線をエレーナに向ける。



「いいご身分ね。出かける時は執事が付き添って、何かあれば騎士団が動いて。ついにナカルタ人まで手懐けたのね。」

「そんな言い方....!!」

「いいえ、おまえに会うのはこれで最後よ。全部言ってやるわ」



エレーナによる窘めるような叫びを嘲笑うようにイーダは歪んだ笑顔を向ける。その異質な様子に誰一人動けなくなった。死線を摺り抜け、貴族達からの様々な視線を浴びて来たランスロットさえもイーダの迫力に息を呑んだ。



「わたくしはおまえか大嫌いなのよ。死んで欲しいと毎日願っていたわ」

「....ッ!?」



酷い言葉を投げかけられてエレーナは顔を歪ませた。



「屋敷にいた時はまだ良かったわ。おまえを苛め抜けたもの。屋敷の古びた部屋におしやって、服も装飾も全て取り上げてあなたを朝から晩までこき使って、最高だったわぁ」

「......」



恍惚した表情を浮かべたイーダから放たれる言葉の数々は、エレーナのさらに深い部分での記憶を思い出すのに十分だった。諦めていた日々。恐ろしかった日々。そこから救い出してくれたのはランスロットという最愛だ。エレーナは自分を奮い立たせるためにランスロットの袖をキュッと掴んだ。



「イーダ嬢」

「は?」

「それ以上、私の婚約者を貶める物言いは控えていただく」

「....ランスロット様」


ランスロットは掴まれた袖をゆるりと解くとそのまま絡めるように指を重ねた。伺うようにエレーナを見る姿は仮面で隠れた部分があろうとも最愛を慈しんでいるのがありありと感じられる。泣くのを我慢しているような表情を浮かべるエレーナに、ランスロットは「大丈夫だ」と言い聞かせるようにもう片方の手でイーダに平手打ちされて赤く腫れた頬に触れた。





「あなたがエレーナに行なっていた事は、シフォン・リス・ティールの関わりを調査するにあたって、全て把握している。」


ランスロットはイーダの方に目をくれずに口を開く。ランスロットの発言に呼応するかのように、裏通りに吹き込んでいた生暖かい風が、ゆるりと温度を下げる。ランスロットは尚も続ける。



「あの時点で、あなたは既に犯罪者だ。その罪に関して、【ソフィア家の領地から出ずエレーナに危害を加えない状況下を厳守する】事で放免していただけに過ぎない。それはバルサルト殿下の温情と、ダダイ殿...そしてエレーナの希望があったからだ」

「....だから何よ。感謝でもしろっていうの?あんな辺鄙へんぴな場所に追いやったくせに」

「1つ質問に答えてもらおう」



イーダの反論を意に返さずランスロットは言葉を遮るよう言葉を乗せた。その強めの言葉を発した瞬間、緩々と下がってるいた温度が突然凍るように錯覚に陥る。ランスロットの後ろに控えていた部下もビクリと背筋を伸ばし足に力をいれた。そうしなければ立っていられない程、ランスロットの気迫は身にあまるものだったからだ。

それを一身に受けているイーダはガタガタと体を震わせた。ランスロットはそれすらも無視して口をゆっくりと開く。今までで一番というほどの低い声が路地裏に響いた。




「エレーナの頬はおまえの仕業か?イーダ・ラド・ソフィア」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る