第41話
「エレーナさま!!」
その時バタバタと慌ただしく足音が近づいてきた。足音とともに聞かれた声は先ほどまで一緒にいたテイラーのものだ。いつも冷静で優しく微笑む彼らしくない焦った様子だ。良かった、用事が済んで自分を探しに来てくれたのだ。エレーナは肩の力を抜くとテイラーの声の方へ視線を向けた。
「テイラー。来てくれたのね」
「エレーナ様!ご無事で.....」
エレーナの声に気づいたテイラーがすぐさま路地裏に入ってくる。ホッとした表情を向けたのは束の間で路地奥にいる女性をイーダだと確認するとサッと顔色を変えた。
「エレーナ様こちらに。今ランスロット様がこちらに参ります」
「ランスロット様が?」
エレーナは驚いて瞳を瞬かせた。ランスロットは本日仕事のはずだ。そのためドレス合わせもテイラーが同行したのだ。何故かと問うよりも早くテイラーが懐に手を差し込みパシリと本通りの方へ何かを投げた。ボンっというけたたましい音とともに赤い煙が空に打ち上がる。シフォニア国で良く用いられる救難信号用の煙玉だ。貴族が不慮事故や事件に巻き込まれた際に使われる。エレーナもソフィア家に居た頃に煙玉の扱いを習ったことがある。勿論使う事機会は無かったが、テイラーはクレメンス家の筆頭執事だ。煙玉を持ち歩き、その使用方法を心得ていても不思議ではない。そして、いまこの状況が長年筆頭執事として勤めてきた彼の考える【不慮】であるという事が明白となり、エレーナは再び表情を固くさせた。
「イーダ・ラド・ソフィア嬢。本日はどういったご用件でエレーナ様に合間見えたのかお聞かせ願えますか?」
テイラーはエレーナを背中に隠すようにしたのち、イーダへ鋭い眼光を向けながら問うた。テイラーのその姿勢が気に入らなかったのか、イーダは不満そうな顔を隠す事なくそっぽを向いた。答えたくないという拒絶だ。
緊張感が漂う張り詰めた空気の中、突如ふわりと風が通った。その風とともに嗅ぎなれた優しい香りが鼻をくすぐる。
「エレーナ」
「ランスロット様」
優雅な所作で路地裏に足を踏み入れたのはやはりランスロットだった。後方にはロイ、メニエル、その他の騎士団が数人と何故かキースベルトの姿が見られた。ランスロットからは仮面をつけ表情は見られない。しかし、エレーナの声を聞き無事を確認すると肩の力が抜けたようだった。
一方、ロイはサッと周りを見渡し目視で現状を把握に努めた。イーダの姿を確認し、エレーナとの接触を試みたことに心の中で舌打ちをする。今のところ比較的悪い状態ではなく、イーダ武器などは持っていないで手ぶらだ。しかし懐に何を仕込んでいるかわからないため警戒は怠れない。また、この場所の立地も悪かった。
「大通り近くの路地裏....」
「ああ、長剣は使えん」
ボソリとした呟きに、ランスロットが応える。テイラーからの救難信号から大通りからそれほと遠くない場所という事は把握していた。そしていざ現場にくると案の上人通りを下げた路地裏だ。路地裏という立地は騎士団の備品である長剣は不利なのだ。また現在イーダは危険物を持っていない。よって、こちらも過度な刺激を与えないためにも手に刃物は持てない。せいぜい短剣の入ったポケットがどこかを確認するしかない。
ロイは最悪に備えてジリッと片足に体重を乗せた。といっても師団長であるランスロットも今の状況を的確に把握している事にロイは安堵していた。エレーナやイーダの現状によってはランスロットが冷静な判断が出来ないと踏んでいたからだ。ランスロットの冷静さは、騎士団の統率に繋がるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます