第64話



「失礼いたします」



突然、扉のドアが開く。この部屋には誰も近寄らせるなと伝えていたネアは突然の来訪に目を見開いた。そこには黒い髪の男が立っていた。




「失礼。我が屋敷の従者でありエレーナの護衛のレイヴン・ハーツだ」



ランスロットの言葉にレイヴンは綺麗に一礼すると再び口を開いた。



「ダダイ・ラド・リス・ソフィア殿とサライ・ラド・ソフィア殿をお連れいたしました」

「な!?」

「ネア殿!これはいったいどうゆうことだ!!」

「ネア....それにイーダも」



レイヴンの後ろから、男性が2人困惑した表情で入室してくる。2人ともエレーナと同じ黒髪ではあるが、1人は白髪が交じり少しだけ窶れてみえた。もう1人は幾分年若く見えるが無精髭を生やしており強面である。



「第二騎士団師団長ランスロット・リズ・ド・クレメンスです。本日は我が従者が突然お呼び出ししてしまい申し訳ありません。」

「い!いえ!滅相もございません」



あわあわとするのは領主であるダダイの方だった。そもそも師団長を名乗ってはいるがクレメンス家はソフィア家より格上なのだ。しきたりや階級にうるさい貴族にとってそれは絶対でだからこそここがソフィア家の屋敷だったとしても優劣さはあまり変わらない。そして今回はレイヴンにサライを連れてきてもらいその上でダダイに声をかけさせた。

ダダイは突然の訪問客にしどろもどろとしていたが、ふときょろきょろと辺りを見渡す仕草をする。



「エレーナ....エレーナはどこだ?」



その言葉にネアとサライがぎょっとした目でダダイを見た。2人が口を開く前に今まで黙って様子を伺っていてロイがニコリと微笑む。



「本日はエレーナ・ラド・ソフィア嬢の捜索願の聴き取りに来たのです。」

「捜索?エレーナが?」

「エレーナはクレメンス家に嫁いだのではないのですか?」



困惑した表情を向けるダダイとは違い、サライはランスロットの方を向いて声を荒げた。そのサライに向かってダダイがさらに困惑の表情を浮かべる。



「嫁いだ....?エレーナがか?」

「あ!」



「しまった!」という顔をしたのはサライだ。そして後ろにいたネアは顔を青くしている。どうやらダダイはエレーナがクレメンス家に追いやられた事すら知らなかったようだ。想定内だが。



レイヴンがダダイに書類を差し出す。



「エレーナ様は、半年ほど前クレメンス家に婚約者としてお越しになりました。調査によりますとランスロット様の親戚筋がイーダ殿と懇意にされていたようで話が通ったようです。その際ランスロット様は"婚約者候補"としてエレーナ様を屋敷に住まわせております。こちらがイーダ殿にお渡しした誓約書です。婚約の保留金等もお支払いしております。こちらは半年間エレーナ様の日常を書き留めたものです」



ダダイはその紙をみて信じられないと言った表情を浮かべる。勿論保留金とかこつけて支払われた大金の報告は上がってきていない。そして、なんとも分厚い書類にら事細かくエレーナの様子が記されており、エレーナがクレメンス家の屋敷で過ごしてきた揺るぎない証拠だった。ダダイは呆然とその書類に目を通した。



「ご存知ありませんでしたか?」

「え...ええ。私はほとんど執務室から出ませんので、妻からは王都の方へ勉学に行かせたと..」



なぜそんな嘘をついたのか。密に過ごしていた家族ならばすぐにバレるような嘘だ。しかし第一夫人を亡くし気を落としていたダダイには半年間も隠し通せたのだ。それがなんとも歯がゆい。エレーナにとってこの家はただの建造物であったのかもしれない。



「サライ...お前は知っていたのか」



隣にいる弟に目を向けたダダイは、先ほどやり窶れたように見える。サライは溜息をついて頷いた。




「ネア殿が"良い縁談だから"と。たしかに変な噂はある男ではあったが格上の貴族だし、ネア殿をここに嫁がせた負い目もあって....エレーナを嫁がせればネア殿やイーダの心が休まると思って。すまん。」




本人を目の前によく言えるな、と思ったがそれはまぁ聞き流そう。半ば無理やり嫁がした相手は、ほかの女性を思って気に病んでいる始末。我慢をさせている分その我慢が少なかあればと願うのもまた仲人の務めだ。だが、エレーナに対する仕打ちは許されるべきことではない。


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