第56話
使いの女性と馬車に乗り込みソフィア家に到着した。手を差し伸べて馬車から降ろしてくれる人は誰もいなかったがエレーナは気にならなかった。そんなことよりもお父さまに会いたい。はやる気持ちを抑えてソフィア家のドアを開けた。
「こちらです」
玄関先に待ち構えていたのは執事だった。「おかえりなさい」という言葉も無くただ無表情に一礼する。エレーナはもうここが自分の帰る場所ではないと実感する。そして、執事が進める先は玄関近くに構えている客間だった。
「でも、お父様の所に」
「こちらになります」
有無を言わさないその発言にエレーナは型を落とし父親の部屋へ続く道から客間へと足を運ぶ。執事が開けてくれたドアをくぐるとソファに触る2人の女性がいた。
「あらあら随分な顔の方がお見えだわ」
「おかあさま」
優雅にお茶を口に含んだあとこちらを一瞥したのは義母のネアだ。その隣にいるのはイーダで彼女は見るからに高価とわかるドレスや装飾品を身につけて、その姿にそぐわない形相でエレーナを睨むように見つめた。過去の虐げられた事が脳裏をよぎり体がこわばる。でも今はそんなことより大事な事がある。
「お父さまが危篤と伺いました。お父さまにお会いしたいのですが」
「ダダイ様には合わせられないわ」
勇気を振り絞って発した申し出もバッサリと切り捨てられた。エレーナはぐっと下唇を噛んだ。
「では何故私をここに呼んだのですか?」
クレメンス家に来たあの使用人は、ネアとイーダがこの家に来た時に連れてきたと記憶している。常にネアの近くにいるような立場ではなかったが命令に忠実に従っていた印象があった。だからこそ今回の呼び出しはネアの差し金だと確信をしていたのだ。しかし、
「何をいってるの。あなたが勝手に帰ってきたのでしょう」
どうやら今回の件は自分達の思惑ではない事を公にしていくつもりのようだった。現に、あの使用人の女性はソフィア家に到着してから一度も姿を見ていない。もしかしたらすでにこの屋敷から追い出されている可能性もある。
エレーナは悔しいと思った。長年忠実に勤めてくれた人をいとも簡単に追い出せる、その残忍さが悔しくて悲しく感じた。そしてあるひとりの男性を思い出す。きっとランスロット様ならこんな酷い仕打ちはしないのに。切り捨てるような事をしない。だって突然現れた他人の私にですら住む場所を提供し優しく手を尽くしてくれる人だから。そう思ったらたまらなく帰りたくなった。私が望む私の居場所は彼の近くだ。
「お父様が無事なら良かったです。それでは失礼いたします」
「お待ちなさい」
本当は少しでも父の顔を見たかったがエレーナは2人に一礼をすると踵を返した。しかしそれを止めたのはネアだった。
エレーナは呼び止めた義母へ再び体を向ける。それに反してネアは今だにこちらをみようともしなかった。視線は合わずただこちらに話しかける。
「おまえにちょうどいい話があります。」
「お話し...ですか」
「おまえに結婚相手を見繕ってあげたわよ」
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