第51話
「愚弟が失礼いたしました」
レイヴンを下がらせ少し経つと、騎士団団舎からロイとメニエルがクレメンス家に到着した。執務室に入るやいなやロイはランスロットに騎士団の敬礼とともに謝罪を口にした。大方、道中テイラーから事の成り行きを聞いたのだろう。さすが騎士団一族に使える筆頭執事である。
「お前に謝罪を受ける謂れはないが」
机の上にある書類にサインをしながらランスロットは答えた。そう、ロイは関係ない。レイヴンの兄でありこの屋敷の従業員として紹介した責任をと思っているのだろうが謝る必要は無いのだ。それでも彼は謝るのだろう。何故ならばロイはレイヴンをとても愛しているからだ。
「団長の...いえ、クレメンス家の大切な客人を守れなかったことは由々しき事態です」
「守れなかったと言うには時期尚早だろうロイ。あいつはもう切り替えているぞ」
あいつとは勿論レイヴンの事だ。先程まであった後悔の念は、下がらせた時には打って変わりギラリと正気に満ちていた。あれならこれからの奪還作戦でも使えるだろう。
「謝罪をするなら、エレーナが戻ってきて一からレイヴンを鍛えてやれ。あれはこれからもエレーナの護衛でありクレメンス家の庭師だ」
「....ありがとうございます」
この話は終わりだという意味も込めて机上の仕事にキリをつけてランスロットは顔を上げる。ピシリとまた違う空気か執務室に流れる。ランスロットは「メニエル」とロイと同様に扉の前で今まで黙っていた男に声をかけた。
「以前エレーナにした予言、あれはなんだ」
あれを理由にして、今までティナや最小限の使用人だけだった護衛にレイヴンを付けて手厚くしたのだ。メニエルは、ずれた眼鏡を掛け直す仕草をしランスロットに答える。
「先日も申しましたが、あれは本当にアドバイスレベルのものです。彼女の目を見たときにふと脳裏に浮かんだだけの。」
「ちなみにどのように?」
すかさずロイが口を出す。
「そうですね。この感覚は伝えるのが難しいのですが、夢を見ている場所のような...そんな過去を思い出す時のような感覚に似ています。空が見えました。小窓から街並みが望めるような場所です。その情景と一緒に焦燥感と高揚感、絶望感と言った感情の揺れを感じました。何が起こるのか...わからない。でも確かにあれは彼女の未来のトリガーです」
「曖昧だな」
「ええ。ですから予言ではないのです」
ランスロットの言葉に頷くメニエル。ロイも「そもそもこの予言が今回の事件を示唆するのかもわかりませんしね」と表情を曇らせた。
「エレーナ嬢は今だにソフィア家にいるのでしょうか」
メニエルは疑問を口にする。それにはランスロットが答えた。
「そのはずではあるが、ここ最近ソフィア家に商業人や使用人など出入りが激しいらしい。もしかしたらそれに紛れてどこかへ連れ出されている可能性はある」
「ダダイ殿の容体は?」
「それも今のところ何の情報も無い。」
「名家の領主の危篤が今だに知らされないとなると本当に危篤なのかも怪しいですね」
ランスロットは、はぁと深く息を吐き出す。
全てが後手に回っている気がしてならない。こうしている今もエレーナがどのような状況に陥っているのは不安で仕方がない。継母や義妹に悪いようにされていないか、泣いていないか、そんなことばかり考えて冷静になれと心で叱咤するのだ。
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