第50話



「申し訳ございません」

「もういい。顔を上げろレイヴン」




遠征の仕事を終えて屋敷に戻ってきたランスロットは、屋敷の異様な様子に眉をひそめた。そして聞かされたのはエレーナがソフィア家に行きそのまま消息を絶った事だった。いつもなら淡々と話すティラーですら声が震えている。




「何度もソフィア家まで馬車で迎えに行ったのですが、エレーナ様は帰って来ていないの一点張りです。」

「エレーナがソフィア家に入ったのは?」

「確認しています。女が迎えに来て連れて行ったのですが、隠密でその後ろをレイヴンが追いました」

「それを伝えてもエレーナは来ていないと?」

「はい。そもそもそのような従者は居ないと」



テイラーの報告にランスロットは天井を仰いだ。そもそも今回の遠征は機密事項だった。その女が俺が屋敷に居ないと把握している発言から、不在を見計らって来たと言う形になる。つまりクレメンス家を見張っていた可能性がある。エレーナはその女をソフィア家の使いと言ったがそれだけだ。彼女は何一つ名乗っていない。名前も家名も。ただタダイが危篤という情報を提示してこちらを揺さぶっただけだ。全てが相手の思惑で動いた。




「あのランスロット様」


ふと、考え事をしているランスロットの背後からティナが声を掛けてきた。その他には便箋が握られている。



「なんだそれは」

「エレーナ様からです」



ランスロットは無言でそれを受け取る。白い便箋には封はしておらずほのかに花の香りがした。そっと手紙の文字に目を落とす。初めてみる彼女の字は女性らしい丁寧な文字が書かれていた。




【ランスロット様

お仕事お疲れ様でした。

無事にご帰還された事嬉しく思います。

この手紙を受け取ったと言うことは私はあなたのお帰りをお出迎え出来なかったと言う事ですね。ご帰還されてすぐに私の事でご迷惑お掛けして申し訳ありません。

レイヴンをどうか叱らないでください。彼は私を止めました。どうか罰を与えないでください。

クレメンス家の皆様に感謝と一族の一層の発展を願っております。 エレーナ




「.....エレーナ」



彼女はいつまで人の事ばかり考えているんだろう。最初から最後まで優しさで溢れている。そして、彼女はここに戻れない事に気付いている。でも....



ランスロットは手紙を折りたたむと再び便箋の中へと戻した。その様子をテイラー、レイヴン、使用人達がそっと見守っている。



「テイラー」

「はい」



執務室に凛とした声が響く。



「すぐにロイとメニエルを呼べ」

「テディは執務室に3人分の紅茶を用意してくれ。後のものは持ち場に戻ること」



各々に指示を出すランスロット。そして最後にレイヴンを見た。



「レイヴン」

「.....はい」



レイヴンは萎縮したように肩を竦ませる。ランスロットは別段レイヴンに罰を与えるつもりは無かった。もともとロイの紹介で庭師として雇った男だ。騎士団見習いという経験も買っていたが、数年剣の感覚から遠ざかっていたものに与えた任務としては荷が重買ったかも知らない。むしろ、こんなに早く相手が行動に移すとは思っていなかったランスロット自身の責任とすら思っていた。

たが、




「今回お前の判断は護衛として良いものでは無かった。エレーナをソフィア家に向かわせるにしてもお前が付いていき、なにがあってもお前はエレーナの元から離れるべきではなかった。」

「....はい」

「だが後を追ってエレーナが屋敷に入った所を見届けたのは良い判断だった。助かった」



ランスロットの言葉にレイヴンは顔を上げる。仮面越しだが2人の瞳が交差した。



「俺たちはこれからお前の目を信じて行動をする。お前の記憶だけが頼りだ。だから決して揺らぐな」





お前の任務はまだエレーナの護衛だ。






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