第48話



ランスロットが屋敷に帰って来なくなった。

以前伝えにきた仕事の遠征が始まったのだとエレーナは容易に想像できた。テイラー達、屋敷の人達もさして気にする様子もなく日常をこなしている。



その中でただ1人、エレーナだけは悩んでいた。




「自分が自分じゃないみたいだわ」



庭園の片隅でうずくまったエレーナはボソリと呟いた。思い出すのはあの時の自分だ。ランスロットに触れられる事など珍しくはないはずなのに、あの時は身体中が震えた。

それから、エレーナはランスロットの事を思い出すたびに胸がどうしようもなく荒ぶるのを感じている。こんな風になる理由を突き詰めようとするが、そうしては行けないような気がして思いとどまる。そしてまたランスロットの事を考える。そんな日々が続いていた。




「でもきっとちゃんと考えなくてはダメなんだわ」



あの後心配してくれたティナに自分の現状を伝えた。ティナはいつものように優しく微笑んで「大丈夫です」と言ってくれた。

「その気持ちの理由はいつかわかります。いまは沢山悩んでランスロット様の事を考えてあげてください」そう言った彼女は暖かい紅茶を出してくれたのだ。



「お仕事から帰ってきたらランスロット様に今の気持ちをお伝えしたいわ」


なんとなく、それが一番良い気がしている。昇華できない不完全な何かをランスロットに話したら、きっとあの人は優しい瞳で受け止めて導いてくれるだろう。それを想像すると満たされたような気持ちになった。

大丈夫。きっと大丈夫だわ。



ずっとモヤモヤしてた気持ちにようやく一筋の光に繋がった気がして、エレーナは幾分すっきりした気持ちで立ち上がった。そろそろレイヴンが戻ってくるはずだ。少しだけ1人にさせてくれとお願いをした。勿論主人の命令に背く行為になるので渋ったレイヴンだったが、最近のエレーナの不安定さも知っていため、見える距離に居る事を条件に10分だけ猶予を貰えた。レイヴンの優しさに感謝しつつ彼の居る方に戻るため足を動かした。




「エレーナ様」

「え?」



そのはずだったのに、後ろから声をかけられ足が止まる。振り返るとそこには見覚えのある顔の女性が佇んでいた。




「あなたは...」

「エレーナ様!!」

「大丈夫よレイヴン。彼女はソフィア家の」



異様に気づいたレイヴンが駆け寄ってくるとエレーナの前に滑り込み剣の柄を握った。ギリギリと今までにないくらい鋭い瞳で相手を見るレイヴンにエレーナは声をかける。

この人はソフィア家のメイドだ。名前は存じあげないが、女性では高めの背をいつもピシっと背筋を伸ばしていた。ブラウン色の髪をいつも一つにまとめて淡々と仕事をこなしていたのが印象的で良く覚えている。

"ソフィア家"と聞いてもなお警戒を緩めないレイヴンだが、それに対して彼女は無表情でその殺気を受け流した。



「ここはクレメンス家の屋敷だ。不法侵入とみなす。」

「申し訳ございません緊急でしたので」

「緊急?」




彼女の言葉にエレーナは首を傾げた。チラリとこちらに視線を向けた彼女は、何を考えているかわからないまま口を開ける。





「ダダイ・ラド・リス・ソフィア様が危篤でございます」

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