第33話
エレーナがランスロットの屋敷に滞在するようになって半年が過ぎようとしていた。
この頃、お屋敷はいたって平和で相変わらずランスロットは忙しそうに仕事に追われている。それでも時間かできると、食事や散歩などエレーナを誘い気遣ってくれるのだ。そのおかげでエレーナも随分ランスロットに心を開いている。
「失礼します、ランスロット様」
ノックをした後に入室の許可を貰ってから、エレーナは執務室の扉を開く。今日は屋敷内で仕事をこなしているとテイラーに聞いたのだ。案の定、彼はドア真正面の仕事机で書類と向き合っていた。
「なんだ君か」
「深夜に帰ってこられてからお仕事詰めだと聞きました。軽食をお待ちしたのですがいかがですか?」
エレーナの手元には先ほど料理人達と作ったスコーンと紅茶が置かれたワゴンがあった。そこでようやく手元から視線を外したランスロットは、少し考えるように首を傾けてからコクリと頷いた。
「いただこう」
「良かった!」
「ここで"いらん"と言った所でお前は引き下がらないだろう」
苦笑いを浮かべて席を立ったランスロットにエレーナは心外だと言うように瞳を瞬かせた。
「そう言われたならば半刻後に伺いましたわ」
「それは引き下がるとは言わない」
ふはっと吹き出すように笑うランスロット。最近ではよく見る彼の笑い方だった。
エレーナがテラスに向かうため足を踏み出す。すると近づいて来たランスロットの口角がおがっていることに気がついた。彼の名前を呼ぶために口を開くがそれよりも先に近づいて来た彼に腰を抱かれる。驚いて身を硬くしたエレーナに意趣返しだと言わんばかりにランスロットは彼女のこめかみに唇を押し付けた。
「存外、君は頑固だ」
「まぁ!」
にやりと口角を持ち上げて笑うとランスロットにエレーナは口をパクパクと開閉する事しかできなかった。
そう。エレーナがランスロットのお屋敷に滞在するようになって半年が過ぎようとしる。お屋敷はいたって平和でいつもと変わらない。しかしこの男、ランスロットがエレーナに対して起こす行動は依然より甘さを孕む物になっているのだ。
それが何故なのか、どういうつもりなのかエレーナにはわからない。「もしかして...」と考えたこともあったが、それは「そんなはずはない」と心の中で直ぐに打ち消した。だってそんなはずないのだ。めんどくさい状況を作ってしまった自分を煩わしく思う事はあれど、特別に想って貰える理由も資格もないのだ。好んで読んでいた物語のほとんどはハッピーエンドで終わる。でも自分はそれに値するとは思えなかった。
エレーナはドキドキと早くなった心臓を落ち着かせるために深呼吸をして、先にテラスの椅子に腰掛けたランスロットに向かって足を運んだのだ。
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