第32話



その声を聞いてロイは目を見張った。いつもなら我関せずを貫くこの男が明らかに苛立った声をあげたのだ。




「な、なによ!!」



突然の叱咤に一瞬戸惑いを浮かべたイーダだが、キッと外套の男を睨みつけるとまたキーキーと声をあげる。ある意味命知らずだ。



「だいたいあんた達騎士団も!衛兵も!こんなへなちょこ男を屋敷に入れるなんて怠慢なんじゃない!?それにそこの外套男!顔も見せないで!あんただって怪しわ!!」



どこかに当り散らしたいイーダはさらに言い募り、すでに此処には居ない衛兵にも矛先を向けた。言っている事はまぁ衛兵にとっては耳が痛い話なので彼らが下がっていた事に胸を撫で下ろすロイだ。いやしかしもう一度言うが、この女、ほんとに命知らずだ。相手が誰だとわかっていないにしても。

その男はコツコツと靴を鳴らしながら、さも遠くないイーダとの間を詰めてくる。



「これは失礼」



そんな事思ってもいないのがわかるくらい抑揚の無い声が発せられる。ロイは冷や汗をかきながら成り行きを見守る。ここでとばっちりを食らうのは御免被りたい。ロイは侍女を後ろに庇いつつそっと距離をとった。

コツリと靴音が止み、イーダの前で停止する。グイッと乱暴に腕を掴むと、立ち上がれないイーダを無理矢理にも立たせた。そして唖然とする彼女の前で外套のフードを脱いだ。



「私は、第2騎士団団長、ランスロット・リズ・ド・クレメンス」

「!!?」



いつも以上に低い声で告げる。1つにまとめた赤銅色の髪がさらりと肩を撫でると同時に、屋敷の明かりに反射して鼻から上を覆う仮面がキラリと光った。

ヒュッとイーダが息を詰めたのが遠くにいるロイにも届いた。



「こちらこそ、あんたがどこの誰だか知らないが、いくらなんでもその言い掛かりは聞き捨てならない」

「ぁ....」

「居場所が無くなる事がどういう事かお前にはわからないのか」



仮面によって表情は見えないがランスロットの声色から、怒りとはまた違う感情が浮かんでいるのがロイにはわかった。ああ、これは目の前の女性を見ていないのか。



「お前の一言で、人の人生が変わる。貴族の令嬢であるなら弁えるべき基本だ。恥を知れ。」



仮面男の素性を知って青白い顔をしたイーダ。彼女を掴んでいた手を無造作に払うとそのままくるりと踵を返してツカツカと廊下の方へ向かう。



「ここは冷える。身支度をして早々と屋敷に戻れ。次お会いする時はもう少しマシな頭になっている事を願う」

「....な」




辛辣な言葉を並べたランスロットはロイを促しテラスを後にした。

これから第1騎士団に男たちの身柄を明け渡し、後処理に回らなければならない。それを思うと気が重くなるがここにいるよりマシだと思った。

廊下に足を踏み入れられ直前、チラリと仮面越しに令嬢を見る。呆然と立ち竦む彼女と酷いことを言われてもその彼女を支えようとする侍女を見て、自分の屋敷で待つ彼女を思い出した。




あの子もあの様に母親達に酷い事を言われたのだろうか。どんな辛い心持ちだったのだろうか。そう思ったら口が出てしまった。




二度と会いたくないどこぞの令嬢が彼女の義妹と知ったのは、後始末後のロイの説明からだった。



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