第31話
ドサッ!
男から地面に伏した音がしても動いたものは居なかった。
否、動けなかったのだ。ロイがひとりの名前を告げた瞬間と男のくぐもった声、そして倒れたであろう音...それは一瞬の事だった。
人々が見たのは、視界の端に見えた黒い
その黒い
「お前!前置きが長い!!」
「やだなぁー。時間稼ぎしろって言ったのは貴方じゃないですか」
「稼ぎ過ぎだ!!」
怒鳴るように非難する外套の人物とは対照的に、「人質も取られず怪我人を出ず万事解決ですよ」とロイはほけほけと笑う。そのちぐはぐなのに妙に息のあった2人に周りは呆気にとられて未だに動けない。それを見かねて外套の男は衛兵に声をかけた。
「ぼさっとするな。早く縛り上げろ」
「....っ!は!!」
バタバタと動き出した衛兵に一瞥をして、外套の男はツカツカとこちらに近づいてきた。
「あと8人ほど捕縛した」
「お。意外と多かったですね」
「数揃えりゃ良いって考えは馬鹿としか言いようが無いな」
「おおかた、突発で思い立った王族を恨む庶民の暴動って所ですかね」
淡々と会話をする二人の背後で、イーダとその侍女はようやく助かったと実感して肩の力だ抜けた。
「怪我はありませんか?」
「え...ええ。」
それに気づいて先に声をかけたのはロイだった。外套の男はそっぽを向き我関せずと言った調子。言葉の端々からこの男の対人レベルは低く専らロイの役目なのだと言うことが伺えた。
「お部屋に戻られますか?どうやら会場でも派手に暴れたようで多分夜会も中止でしょう」
「そうですか」
未だに震えている侍女はそれでも頑張って自ら立ち上がったようだ。しかしイーダはそれが出来ない。腰が抜けてしまって動けない事もある。それともう一つの懸念だ。
「ドレスがぐちゃぐちゃだわ。それに髪も....お化粧も....」
自分の姿に落ち込んでいるのだ。せっかくの一級品を身につけてきたのに走ったり地面に腰を下ろしたか事でヨレヨレだし砂埃も沢山付いてしまっている。殿下に会う事も敵わずすごすご屋敷に戻る事になるとは夢にも思わなかった。
「なんでこの私がこんな目に合わなくてはならないのよぉ。」
「お嬢様...戻りましょう。立てますか?」
「うるさいわね!!この役立たず!!」
「おっと!!」
泣き出したイーダ。それを見兼ねて侍女がおずおずと手を差し出したがそれをバシッと払いのけてしまう。ふらりとした彼女をロイが条件反射で支えた。八つ当たりもいい所だ。
「貴方が走ってなんて言ったからこんな事になってるのよ!だいたい私に命令できる立場じゃないの!貴方なんかお母さまにいって屋敷から追い出す事もできるのよ!」
「...申し訳ありません」
泣き叫ぶイーダに侍女は震えながら謝罪をする。いくらイレギュラーな事件に巻き込まれたからと言ってもイーダの言い分は間違いだらけだ。ロイは眉を潜めてこの状況をどう収めるか思案する。
交渉には自身があるロイだが、こういう感情的に動くやつは嫌いである。下手に侍女を庇いだてすれば火に油を注ぐ事になりかねないのは明白だ。
その時
「いい加減にしろ」
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