第22話



シフォニア王国 第2騎士団師団長"ランスロット・リズ・ド・クレメンス"

この名を聞けば泣く子も黙る冷酷な軍人だなんて誰が言ったのだろう。



エレーナが出会ったこの男はとても情に厚く仕事熱心で.....比較的良く笑っている気がする。現に今も。




「おまっ....え、それは、男に言うセリフ....か?」

「笑いすぎでは!?」



肩を揺らしながらクツクツと笑うランスロットにエレーナは真っ赤にしながら抗議する。

だって仕方ないではないか。人とほとんど交流して来ていなかったエレーナだ。ああいった優しい顔で見られたことなんてほとんど無い。反応に困ったのだ。ふと思いついたのは昔本で読んだ王子様の台詞。それしか無かったのだ。そして、それはもう言葉を発した瞬間から間違えたと認識している。



正直、もういたたまれない。

逃げるように外套のフードを深く被り直して顔を隠すエレーナを見かねてようやくランスロットは笑うのをやめた。困ったような、でもどこか楽しげに細められたルビー色の瞳を盗み見たエレーナは、それだけでどこかむず痒くなんでも許してしまいそうなそんな気分になったのだった。



「悪い。さぁ機嫌を直してくれ」


こんなやり取りをしつつ、エレーナを抱えたランスロットの足は動き続けていたので目的の場所に到着した。



ランスロットはツイッと顔を正面へ向る。少しだけ警戒するようにあたりを見渡した後、安全の確認が取れたようで瞳の鋭さが少しだけ和らいだ。


「本通りだ。」そう付け加えられた事で、エレーナが促された方を向くとそこは一変した賑やかさが広がっていた。



「わぁ!!」


思わず感嘆の声を上げると、ランスロットはクスリと微笑みエレーナを地面に降ろした。降ろした時少しずれてしまったエレーナのフードを、王都の街並みを見るのに妨げにならないように正しい位置に戻す。それすら気づかないのかエレーナは大きな目をさらに多くして活気ある風景を凝視した。



大通りはその名の通り城のお膝元の部分で王都で一番栄えている。日が落ちて随分経ってはいるが街灯が灯り辺りを煌々と照らしている。店々は野菜や果物といったありふれた物を売っているものの他に、酒類を提供した店が多く見目を引いた。ランスロットにとって見慣れた光景でも、エレーナには新鮮なようで、行き交う人の様子を見て首をあちこちに動かしている。



そう、こんな顔をしてくれると思っていた。

「連れてきて良かった」と心が満たされたような気持ちになった。




ランスロットは本通りに向かって歩き出す。そしてはたと気づいたように足を止めるとくるりと踵を返しエレーナに向き直った。

当然エレーナは、突然動き出したランスロットに追いつけず離れてしまっていて、2人の間には多くの人が行き交ってしまっていた。


「人混みを掻き分けて進む」と言った芸当は、今の今までして来なかったであろう彼女。右往左往しながら困ったように人々を見て、ランスロットを見てそして、また人を見る。その姿が形容しがたいくらい可笑しくて可愛くて、ランスロットは再び目を細めるしかなかった。


困った顔が「可愛い」だなんて言ったらまた顔を真っ赤にして怒らせてしまうだろうかと思案する。勿論怖くははない。むしろ怒ったり笑ったりくるくる変わる表情は見ていて飽きないし色々な表情を見て見たいとも思ってしまうのだ。そして今は困った顔の中に、自分に助けを求めている表情がとても嬉しいのだ。


「好意」を自覚してから、ランスロットの心情は今まで知らなかったもので沢山溢れていく。心の奥でツキリと痛む部分はあるがそれでも今を大切にしようとランスロットは思考を遮るように被りを振った。


いい加減助けてやらねばと思い、ランスロットはエレーナの方へ歩み始める。「エレーナ」と彼女の名前を呼ぶと、パッと顔をあげた彼女の瞳と重なった。



彼女はランスロットの瞳を綺麗だと言ったが、俺から見ればアメジスト色の彼女の瞳の方が美しいと思う。そんなことを思いながらエレーナの方に手を差し伸べた。






「おいで」



自分でも驚くくらい優しく音が口から溢れた。



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