第439話 祖母、糞をもらす

2022/02/24(木)

 介護認定の調査員が帰った後、嬉々として二階のキッチンにあがって来た祖母。

 やはり、のぼるのが精いっぱいでへたりこんでしまう。

 お尻をつけて、膝を投げ出し、「立てん」と言う。

 母もわたくしも立たせようと、脇に手を差し入れて上に引いたり、自分も床に足をのばして無理なく立ち上がる体勢を考えたりした。

 でもだめ。

 もう、体の機能が衰えてるんだ。

 母が、つかまってと椅子を彼女の両脇に置くが、それはわたくしがつかまってみても立てない方法だった。

「トイレ行くの? 這いずっていって」

 と母が言うから祖母はお尻でずって、トイレの前までは行った。

 しかし、便器にのれず、お尻を出したままぺたんと座り込む。

 母は祖母を置いて買い物へ。

 コロナの濃厚接触者なのに、わたくしが祖母を見ているようにたのまれる。

 いろいろピンチだ。

 キッチンであれやこれやと試して、疲れてしまったので自分の部屋にこもって日記を書いた。

 ネタにしようというんじゃない。

 書かずにいられなかった。

 そして五時間が経った……。

 わたくしは素朴に、A4の紙に二段組のリストを作り、赤鉛筆にテープを巻き付け祖母の名前を書いて、両方渡した。

「おばぁちゃんのしたいこと、してほしいこと」

 というタイトル。

 だけど、祖母は眼鏡を無くしていて、リストが読めなかった。

 しかたなく眼鏡を探すも、部屋にもキッチンにも、寝室にもない。

 書類をひっくり返したら、皮膚科の薬がいっぱい出てきた。

 なにをためこんでいるんだ、と出しておく。

 あとあと母が祖母の足の傷に塗ったくることとなる。

 廊下からキッチンまで糞の臭いがつーんとしてくる。

 あらぁ、もらしてしまったのかな。

 廊下は冷えるし、しかたがないよねと思考停止。

 たびたびのぞきに行くも、祖母はあいまいなほほえみを浮かべて、何も言わない。

 話しかけても、通じない。

 六時ごろ、母が帰ってきて今日の夕飯は寿司だという。

 この臭いの中で食べるの? と思わず恨めしく思っているところへ母が、平然とドアを開け放ち、窓を網戸にする。

 そんなんで何とかなるのかと思ったが、糞の臭いは急速に引いていった。

 動けない祖母は、母のアイデアで乗り切った。

 毛布を敷いて、そこに寝そべってもらい、担架のように母とわたくしの二人で持ち上げてベッドまで運ぶというものだった。

 これは有効。

 防災訓練なんかで教わった毛布担架だ。

 母は祖母のお尻を拭いて、わたくしはそれを傍観した。

 これが母だったらわたくしがやるんだけれど、祖母はわたくしのことを「皿運びの分際で」とののしる人なので、ちょっぴり恨みもあって手伝わない。

 でも、お尻のふきかたは憶えて、母の介護にそなえる。

 そしてネットでお友達に話を聞いてもらう。

 どうしてそこまで祖母を放置したのか、対処が遅すぎると言われる。

「97歳で、しっかりしてる方なんだって母が」

 と言うと、「確かにすごいけど、歳が歳だし」

 そうなんである。

 母は仕事漬けで介護の準備がしていなかった。

 介護認定を受けるのも遅すぎだと言われた。

 そうね、わたくしがネットで助言をいただかなかったら、もっと遅くなるかしてたかもしれない。

 とまれ、祖母は二階のもとの部屋でマットレスに腰かけ寿司を食べている。

 わたくし落ち着かないまま皿にあけられた寿司を食べる。

 全てを終えた母が、最後に団子をさしだしてくる。

 こんなときだが、おいしいなあ。

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