第193話 19日(水)は友引だったの。

 昨年、近所の公園で出会った88歳のおじいさんがいた。

 暇そうだったので、世間話をしたのち、近所の高台で新たに造られつつある住宅街を見に行った。

 S.Tさんと言った。


 公園のベンチで話していたら、15の時分に横浜へ来て、運よく団地の抽選に当たったので妻と住んでいたが、子供が大きくなったとかで一戸建てにこしてきたらしい。

 どうも、話がループするので、返ってなんの話をしたんだったか、忘れてしまった。


 故郷が恋しい。

 友だちがみんな懐かしい。

 さびしい。


 と、そう言っていた。


 わたくしは時間があったのと、家族以外の人と話すのが久々だったので、いっそお友達になってしまおうと思ったし、花フェスタで手に入れた、柑橘類を差し入れたりした。

 今年もそうするつもりだった。

 しかし、バス停の掲示板に「訃報」と黒い筆書きで貼ってあるのが目に入った。



 二月十六日、死去。享年八十八歳。十九日に通夜をするということだった。



 名前を見て、まさかと思ったし、でも、わたくしは彼の家の前まで行って、挨拶をしたのだ。

 間違いなさそうだった。


 わたくしは、出会いの頃を思い出し、それらが遠くへ行ってしまった気がした。

 空を見つめれば、「S.Tのいない空はこうなのか」とあの頃の空を思い出す。

 まぶしい蒼天だった。


 お年寄りに否定的な言葉をつかっては、認知症になってしまう危険を後で知ったが。そのときわたくしは、彼が両腕に腕時計をしていて、しかも左のは針がとまっており、右のは時間があっていなかった。

 それをしてきしたら、彼はあわてて、両方とも外してしまった。


 着衣は下着がベルトの外に出ていて、履物もボロボロ。

 昔は塗料屋さんをしていたそうだ。

 昔の人だから、天皇陛下が神様だと思っているのかなと、信仰について話したら、



「あー、なんまいだーってな」



 というから、



「S.T、それ神様じゃないよ。仏様だよ」



 ってツッコんだ。

 ボケが面白いおじいさんだった。


 わたくしは、バスの中で母にそのことを話し、通夜へ行こうかと思ったし、香典ははずむかなと思ったけれど、その日は(19日)友引だったので、斎場の方針を疑った。


 人間、悲しいと、空を見上げるものなんだなあ、と思ったし。

 空の雲が天に昇る龍に見えたりもした。

 わたくしは、できたばかりの友達を亡くしたんだな、と改めて思った。


 S.T.は下の前歯が5~6本しかなくて、奥歯がみんななかった。

 人相学で言うと、それは父方も母方も、親戚がみんななくなっているという証拠だった。

 もっと、優しくすればよかった。






 9

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る