第20召喚 超魔導兵器

「敵襲ですって?」


 屋外からの怒号によって、治療施設内の患者や職員が慌ただしく動き、皆が避難ルートに沿って逃げ始める。


 敵とは王国兵のことだろうか。

 ここは王国側から見て、敵地のかなり奥に建つ施設だ。つまり、彼らはほんの数日間でここまで侵攻したことになる。


 まさか、俺が王女を誘拐したことで彼らが本気を出してしまったのだろうか。王女のことを唯一絶対神のように崇拝している彼らならば、細かい策略なしの一点強行突破で攻めてきてもおかしくはない。

 そもそもマリナイバ鉱石の影響で痛覚が遮断されている分、彼らはより屈強なのだ。痛みを感じない狂人を相手に戦うのは難しいだろう。


「スピルネ、ここにいるか!」


 そのとき病室のドアが勢いよく開かれ、ドタンと衝撃音が病室内に響き渡る。そこにはゼルディンが顔を真っ青にしながら立ち、ここまで走ってきたせいか「ぜぇぜぇ」と息を切らしていた。


「スピルネ、今すぐここを離れるぞ!」

「ど、どうしたの! あなたがそんなに慌てるなんて!」

「いいから早くしろ!」


 いつも冷静で薄ら笑いを浮かべるゼルディンが、今だけは感情を激しく取り乱していた。彼の手足が微かに震えている。

 一体何が彼にそこまで恐怖を感じさせるのか。


「アイツの狙いは……そこの王女だ!」

「アイツ?」


 その瞬間、病室の天井がガラガラと大きく崩れ落ちた。大量の瓦礫が頭上から降り注ぎ、俺たちの視界が奪われていく。

 バリバリという壁や天井が破壊されていく音とともに、上空から巨大な機械が動くような音も耳に届いていた。まるで機械工場そのものが上から降ってきたような、重い気配が俺の身を押し潰しそうになる。


「きゃああああっ!」

「パルナタード!」


 パルナタードの悲鳴が後方から響いた。天井を崩した巨大な何かによって彼女が攫われようとしている。

 俺は咄嗟に踵を返してパルナタードを庇おうとしたが、彼女の姿はすでに病室内から消えていた。ベッドごと空へ昇っていき、走っていた俺の体は虚空をすり抜けて床にぶつかった。


「くそっ! 何なんだよ、ありゃ!」


 パルナタードのベッドを上空へ連れ去ったのは、巨大な腕だった。ヒューム管のような太い指がベッドをつまみ、その上に乗るパルナタードは見る見るうちに俺たちから離れていく。

 太陽を隠すほどの大きな影が空を覆い、周辺一帯が厚い雲に覆われたかのように暗くなった。


「で、でけぇ……!」


 俺たちの前に姿を現したのは、浮遊する巨人。


 その体躯の大きさは、これまで戦ってきたゴーレムの比ではない。ヤツの倍近く身長はあるだろう。

 体全体が黄金の装甲に覆われ、あちこちに青色のラインが走る。その線は淡く発光しており、まるで心臓の鼓動のように光の強弱を繰り返していた。


「まさか、あの青い線は……全部マリナイバ鉱石なのか?」

「とんでもない量が使われているわね」


 背中や脚に取り付けられているロケットブースターのような装置から強い光が放たれ、それが推進力となって巨躯の浮遊を実現しているようだ。機動力は確実にゴーレムより上。

 体のあちこちに描かれているのは、王家の家紋だ。あれが王国の手によって作られたのは明白。空飛ぶ巨人が王国の最新兵器、ということらしい。

 確かに、空を飛べれば魔眼族の分厚い包囲網を突破することも簡単であろう。王女を攫われてからたった数日でここまで来れたのも頷ける。


「パルナタード様あああ!」


 そのとき、野太い声とともに巨人の胸元が大きく開き、内部構造が露出した。いくつもの魔法陣が内部に描かれ、どの線もマリナイバ鉱石を塗料に含んで青色に輝いている。


「パルナタード様、お迎えに上がりました!」

「王女様、ご無事でしたか!」


 そこにいたのは、いつも俺の護衛を担当していた騎士と魔法使い。彼らは手を巨人内部の魔法陣に手をかざし、巨人の動きはそれに連動しているようにも見える。

 どうやら、あの魔法陣を使うことで巨人を運転する構造らしい。


 突然姿を見せた部下に驚いたのか、ベッドの上のパルナタードは困惑していた。


「ど、どういうことなのですか、あなたたちは!」

「パルナタード様が召喚した勇者に連れ去られ、急遽改造を施した『マリナ・ギヌム』を使って奪還しに参上したのです!」

「え? マリナ・ギヌム?」

「忘れてしまったのですか王女様! あなたが操縦することを目的として作られた魔導兵器ですよ! 設計図を描いていたのもあなたではありませんか!」


 前回の召喚時、彼女は「魔族へ対抗するに魔導兵器を開発できた」と言っていた。あの言葉が指しているものこそ、このマリナ・ギヌムのようだ。


「前回の操縦実験では王女様のご気分が悪くなられたようで失敗しましたが、今回は操縦者を別にして王女様は魔力を供給するだけで動かせるように改造しました!」

「え、え、初耳なのですが!」

「さあ王女様! 早く中央魔法陣に入って魔力供給をお願いします!」


 騎士はそう言うと、ベッドから巨人の胸部へパルナタードを引き込む。


「ああああああああっ! 拓斗様あ!」


 巨人の胸が閉じられる直前、彼女は俺に向かって手を伸ばし、俺から見えなくなるまで助けを求めて叫んでいた。


「キュオオオオオオオン!」


 巨人が王女を取り込むとほぼ同時に、雄叫びのような機械音が周囲に轟いた。

 その瞬間、体に組み込まれているマリナイバ鉱石の放つ光が一気に強さを増し、動きも活発化する。まるで王女を歓迎し、狂喜しているようにも見えた。


「ああ、終わりだ……パルナタードを連れ去られるなんて……」


 ゼルディンはその場に膝から崩れ落ち、黄金の装甲を呆然と眺めていた。口をポカンと開け、無気力に両腕が垂れ下がる。

 スピルネはそんな彼と向かい合い、彼の肩をガクガク揺らしながら心配そうに顔を覗き込んだ。


「ゼルディン! あなた、あれが何なのか知ってるの!」

「少し前から噂になっていた。王国内で発掘されたマリナイバ鉱石を一箇所に集めている動きがあったらしい。もしかしたら、集めた鉱石を全部使って巨大魔導兵器の製造に着手したんじゃないか、ってね」

「でも、どうしてあんなものの存在がずっと私たちに知られなかったのよ!」

「調査しようにも王国の奥地だし、粉塵の飛散量も多くて人員を派遣できなかったんだよ!」


 ゼルディンはスピルネの腕を掴み返すと、彼女の傍に顔を近づける。彼の声も体も震え、普段の冷静沈着とした彼は完全にどこかへ消えていた。


「おそらく、あれは王女の膨大な魔力を動力源としているんだ。アイツらは王女の有り余っている魔力を存分に前線で使う方法を考案したんだよ」

「じゃあ、さっきはどうしてパルナタードがいない状態でも動いてたのよ?」

「マリナイバ鉱石は魔力伝導率を上げると同時に、過剰に魔力を加えるとそれを溜め込む性質がある。前回の操縦実験で残っていた魔力を使って、ここまでギリギリ辿り着いたんだろう。王女が中に入った途端にヤツが活発になったのも、そのせいだ……」


 本来、あれを造ったのは王女の正常な意志ではなかったのだろう。勇者だけでは魔眼族との戦いに終止符を打たせることはできないと悟った彼女は、狂った意識のまま巨人の設計図を作り、部下にそれを組み立てさせてしまった。


 しかし、実験の段階でマリナイバ鉱石に侵された体に大きな負担がかかったのか、王女を乗せる計画は中断となり、再び勇者を召喚する方向にシフトしたのだろう。それが今回、俺が召喚された経緯だ。

 さらにその勇者が王女を誘拐したものだから、王国兵たちも手段を選んでいられなくなった。王女が何もしなくても動かせるよう改造を施し、奪還に動いたらしい。


「あの王女が魔導兵器の一部となった今、アイツに僕らの攻撃は届かない……」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょ!」


 ゼルディンの言葉を聞くと、スピルネは立ち上がってマリナ・ギヌムを鋭い目つきで睨んだ。


「パルナタードを……返しなさいッ!」


 彼女の両腕には巨大な火球が形成され、それを巨人に向かって投げた。その着弾地点から業火が上がり、巨躯を丸ごと飲み込んでいく。


 しかし――


「甘いわ、魔族どもよ!」


 一瞬にして火球は消え去り、そこには傷や焦げ目一つ付いていない黄金の装甲が現れる。マリナ・ギヌムを操縦する騎士が「カカカ」と笑い、俺たちを挑発した。


「嘘……私の炎を食らって無傷なんて……!」


 スピルネの首筋に冷や汗が伝う。黄金巨人の圧倒的な防御力に、彼女に為す術はない。


「やっとパルナタードを取り戻せて、戦争を終わらせる兆しが見えてきたと思ったのに!」

「スピルネ……」

「もうあの子を自由にしてあげてよッ!」


 せっかくパルナタードを治療して元通りにできたのに、ここで彼女に何かあっては全てが水の泡になってしまう。俺は早急に彼女を取り返す必要があった。


「ふざけんなよ、ここまで来て……!」


 今すぐあの巨人を破壊し、パルナタードを保護する。

 しかし、敵は空に浮かんだ状態だ。俺の拳や蹴りは当たらないし、自分の投げたものまで加護は適用されない。どうにかしてマリナ・ギヌムに直接取り付かなければ、打開策を見出すことはできないだろう。


「こんなところで終わらせてたまるかよ!」


 俺は巨人の真下に向かって走り出した。

 策は何もない。怒りに体を任せ、無我夢中で巨人に立ち向かう。


「勇者め、よくも裏切りおったな!」


 巨人の腕が大きく裂かれると、そこに隠されていた砲が姿を見せる。砲口の奥へ光が集まっていき、そこに形成された青色の球体が徐々に大きくなっていく。


「あれは……光魔法を収束させるビーム兵器だ! 当たれば骨一つ残らないぞ!」


 ゼルディンが叫んだ声など聞こえなかった。

 俺は砲口のすぐ前におり、最早避けられる位置ではない。


 そして――


「高出力魔導光線……発射ァ!」


 強烈な閃光が、俺たちに向けて放たれた。

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