彼と親族の関係


 




「中々似合いそうだなアルバート」

「嬉しくはないな」

「それはそうだろう。敵国の制服だ。自国に誇りがあれば出来れば着たくないだろう」


 だが我慢してくれ、と制服を放られた。

 アルバートの手に渡った衣服は、アウグラウンドの制服だ。この戦で散々斬った制服。

 これより、アウグラウンド首都の城に潜入する。少しでも自由に動き回ろうと思うと、アウグラウンド側の人間に化けることが一番。

 そうは言っても複雑な気分を抱えながら、アルバートはさっさと着替えるべく元の衣服を脱ぐ。

 アルバートがヴィンスと二人でいる場所は、戦場から少し外れた場所だった。耳を澄ませば喧騒が聞こえてくるが、話すと話し声が勝って聞こえなくなる。


「ヴィンス、お前がいなくなっても問題ないようにしてきたか」

「きちんと。万が一この先私がいないことに何か妙だと思われ、知らせをやられても着くのは私たちの方が早い」

「シルビアを探している間に知らせが来て、城にいる兄弟連中に包囲されたくはないな」

「そちらの王太子に私が約束した以上は私が全員相手しよう」

「馬鹿言うな。一人で相手をするのは単なる馬鹿だ。いい加減にしておけよ、ヴィンス。生き抜くと約束したはずだ。俺にシルビアを託せればいいっていう思考回路はここに置いていけ」


 アルバートは上着のボタンを留めながら睨んだ。約束しただろう。


「俺が半分くらい首を取ってやるか生け捕りにしてやる。とんでもない武勲になるな」


 だが、ヴィンスは頷くことも受け入れる旨を述べることもなかった。

 ここで一度した約束を撤回か? 

 それならば、先に根性を入れ替えさせてやらねばならないだろう。どうやってそうするか、一番下のボタンに至ったアルバートは思案し始める。


「……戦は中間地で行われていたが」


 アルバートがボタンを留め終えると同時に、ヴィンスが話し始めた。


「今から行く場所は完全にアウグラウンドの地の、最も強い神域だ。他の神を信仰する君には不利だ」


 各々の国の地は、信仰する神の力の恩恵を受けている。神域は神の影響がより濃い場所だ。

 普段、神通力を用いる際には不自由を感じることはないため、自覚している人間は少ないだろうが、実は力が出やすいのは神域だったりする。

 最も分かりやすいのは、他国に行ったときだ。

 前に、首都にあるジルベルスタイン家にアウグラウンドの王族が侵入したとき、アルバートの力は他国の王族の力を凌駕した。

 相手が他国の者で、アルバートがその国の者だったからだ。

 これからの目的地はアウグラウンドで最も強い神域。相手の力が最も強く出る、そういう意味でも相手の領域なのだ。


 だからこそ、他の神剣使いを連れてくることは、人数が増えることやそもそも剣が目立つ理由の他に懸念された。

 せめて自分の神通力のみで剣を顕現させられる者でなければ『生半可』。想定すべきは普通の兵と戦うことではなく、ヴィンスの兄弟と戦うことだ。

 他の人間であればヴィンスが誤魔化せる可能性があるが、あの連中に会ってしまうと、ヴィンスがいることにも疑問を抱くだろうし、アルバートも顔を見られている。

 戦力的に、アルバートで最低限の条件を満たしていた。


「そこは、俺も死ぬ気でやるしかないな」

「すまないな」

「何を謝る。シルビア奪還は元々するつもりだったことで、するべきことでもあった。そこにお前が現れただけのことで、助かったくらいだ」


 そうか、とヴィンスは言った。そして、着替え終えたアルバートの全身を、目のみで一度上から下まで見た。


「やはり中々似合っているな」

「嬉しくない」

「不自然さは感じないだろう、ということだと捉えておいておけばいい。行こうか」

「ああ」


 脱いだ衣服はまとめ、繋いでいる馬の方へ歩いていく。


「──ああ、そうだ。その前に一つ」


 先に行くヴィンスが急に止まり、振り向いた。


「話していないことがあった。少々重要な問題でもある」

「何だ」

「全てを相手にするとまで言っておいて何だと思うだろうが。基本的に、私は彼らに刃を向けられない状態にある」

「……どういうことだ」


 彼ら、とは他の王子たちのことだろう。

 今から一番の問題である者たちに刃を向けられないとは、意味の分からないことを聞いた気分になる。


「彼らに『誓い』を行っている」

「『誓い』だと」


 『誓い』とは、自分自身に誓い制限をかける場合と、他人に誓いその他人に対しての制限を自分にかける場合がある。

 ヴィンスの言い方は間違いなく後者だ。


「『歯向かわない』っていうことか。それなら、」


 これから破ろうとするには、時間の問題が頭を過ったのだが、


「いや、破ることは可能だ。なぜなら、私の方が彼らより力が優れている」


 さらっと、友はそんなことを言った。


「……そうなのか?」

「『誓い』をしたときの感覚で。『誓い』は複数人相手でも、複数人全部の力を相手にするのではなく、一人一人と制限の糸が繋がっているような状態だ。実際は糸のような生易しいものではなく、鎖のようなものだがな」

「破れるのか」

「破ろうと思えば破れるはずだ。そのときになれば分かる」

「大丈夫か?」

「問題ないと言い切れるが、証明は出来ない。言っておくべきことではあるだろうと思って言ったが、破れるとは思うから『少々重要な問題』だ」


 言い切れるのなら、いいか。


「シルビアが何らかの『誓い』をさせられる可能性もあるか」

「いいや。シルビアの方が力が強くもあり、彼女の性質上『誓い』は効かない可能性がある。彼女はそういう意味では本当の制約は受けない」


 懸念も、さらっと否定された。

 しかし、ヴィンスは思わしくない目をする。


「……しかし、制限は何もそればかりではない」


 呟くように言い、ヴィンスは背を向けた。馬の方へ歩いていく。


 しばらくは、アウグラウンドの兵がいるかもしれないので馬を駆って変に目立たないよう歩いた。

 出来る限り会わず、注目されない方が良い。

 歩きながら、アルバートはヴィンスが国に戻ってからどのような生活をしていたのか聞いた。

 拷問のその後。記憶喪失になったらしいヴィンスに、兄弟達はさすがにもう無駄だと悟ったらしい。なら殺されてもおかしくないところ、戦力にはなるため、使うだけ使う判断をされたのだろう、ということ。それで、騎士団に所属することになったそうだ。


「……こっちとの国交が断絶されたが、あれはどうしてだ。あれだけはよく分からなかった」


 国交はアウグラウンドから切られた。それほど取り戻したがっていたのなら、普通に考えれば国交を続けておいた方が探すには便利だ。切る理由はないはず。


「国交を断絶させたのは、祖父だ。祖父はシルビアがいなくなったことを好機と捉えた。どこの国に逃がしたかは祖父にも言っていなかったから、祖父は関係のある全ての国との国交を切った」

「それは思い切ったことをしたな」


 国に益はない。

 ヴィンスの祖父も、シルビアを案じたのだろうか──。


「祖父は、シルビアの存在を不吉だと認識していたからな」


 アルバートの考えは、見事に砕かれた。


「不吉?」

「そういう考え方と読み取り方もあるということだ。……どうして、シルビアはそうして極端な見られ方しかされないのだろう」


 後半を呟くように言った彼は、前方を見る目を、もっと遠くを見るような眼差しにした。


「……なぜ誰もシルビアの幸せは考えてくれないのだろう。……シルビアと会うたび、そんな思いが浮かんでいた」


 昔のことだろう。シルビアが、アウグラウンドにいた頃。


「私も多くから幸福を願われた方ではないが、少なくとも祖父は私の幸福を願ってくれていた」


 ヴィンスは、留学は祖父が計らってくれたものだったと言った。


「祖父は、私が親や他の兄弟と上手くいっていないと気がついていた。だが内ではなく外では上手くやれるのではないかと思い色々便宜を計ってくれたそうだ。私は祖父のその思いには感謝している……が、全面の同意は出来なかった」

「……どうしてだ」

「祖父は、兄弟のみならず、私をシルビアからも遠ざけようとしていた。私だけは、と思ったのだと聞いた。シルビアを亡命させる前の話だ。なぜ、自分を留学させ、国を離れることもある任に就かせたのか」


 まず留学させ早急に離れさせた。その後、役目を与え、離れさせた。


「祖父はシルビアには決して近づかなかった。シルビアを女神と扱う父と兄弟の狂信的なまでの様子を見て、私はまともに見え、その唯一『まとも』な私を守ろうとしてくれた」


 だがヴィンスは、それに甘んじなかったのだ。彼にも守りたいものがあった。だから祖父に全面的に同意するわけにも、従うわけにもいかなかった。


「私は結局従えず、祖父は亡くなった」

「──亡くなったのか」

「今は父が王だ。だから彼らは動き始めることができた。祖父が生きていればテレスティアに戦を仕掛けることなど許さない」


 ヴィンスの祖父は、シルビアを女神として利用しようとはせず、それどころかシルビアがいなくなった後は各国との繋がりを切った。

 ヴィンスの父親や兄弟とは反対の考えを持ち、抑え役となっていた。


「……まさかとは思うが、殺されたのか」

「主治医は、しばらく前から歳のせいか風邪を拗らせ、体調が思わしくなかったため体調の悪化だと言った。実際、床についている時間は多かったからな。だが正直どうだろうと思う」


 ヴィンスは、「私は祖父に孝行は出来なかったが、父より余程祖父の方が好きだった」と独り言のように呟いた。

 それはそうだろう。彼から、一言足りとも父親について好意的であったり、肯定的な発言を聞いたことがない。


「祖父はシルビアから遠ざかっていたし、母もシルビアに近寄ろうとはせず、父や兄弟達もシルビアを女神と扱っているものの幸せは考えていなかった。シルビアの意思を聞こうとしたことは、一度としてなかったのだから」


 そのとき、アルバートはヴィンスの手が握り締められた様を見た。


「なあ、ヴィンス」

「何だ」

「知っているかどうか分からないが、戦の前にジルベルスタイン家うちにお前の兄弟が侵入した」

「捕まっているとは耳に挟んでいたが、ジルベルスタイン家に侵入したからだったか」

「その一人が捕まっているにも関わらず、アウグラウンドは救出を試みることもなく戦を仕掛けたな」

「当然と言える」


 友の「当然」は、その考えが当然だと言っているのではなく、戦を仕掛けると決めた者たちがそう考えることが当然だと言ったのだ。

 ヴィンスは、その人物たちのことをずっと見てきたのだ。

 手段を選ばない姿勢は、アルバート自身もう充分に感じた。

 だが、言えばそれまではそれほどの手段の選ばなさだとは思ってもいなかった。そしてシルビアの環境と状態を聞いていたが、その男たちの様子は触りを聞いただけに過ぎなかったのだと思った。


「俺からしても、あの日見たお前の兄弟はまともじゃなく、行動もまともじゃなかった。今も思う。一度戦場に出ていたなら、その場を放り出して全員戻るのはあり得ないだろう」

「そうだな。それは、彼らにしても実は『普通』ではない。特別だ」


 どういう意味だ。


「アルバート、彼らが君の想像を絶していたことは想像に難くない。私が以前彼らの様子を詳しく教えなかったのは、時間がなくシルビアのことをより教えておくべきだったからであり──訂正だ、彼らの様子を伝えられる『言葉』を持たなかった」


 ヴィンスは、自分にもどれほどの底が兄弟たちにあるのか分からないと言った。


「今日は特別だ。彼らは、シルビアを取り戻した。彼らがシルビアを手に取り戻して、どれほど浮き立っているか分かるか? 分からないだろう。私も、彼らの抱く種類の『喜び』に共感は抱けない」


 にわかにヴィンスが馬に乗った。

 馬上から、アルバートを見下ろす。


「ここまで来れば馬を飛ばしても構わないだろう。話はついでに話せるときがあればそのときに話しておこう。彼らの『異常さ』は知っておいた方が今さらだが心構えにはなるかもしれない。今は急ぎたい。──彼らは、戦場を放り出してしまうほど、シルビアを取り戻せたことに歓喜しているのだから」


 ここより先は、現在は敵地。正体がばれれば無事では済まない。

 アルバートは深く頷き、自らも馬に乗った。

 ──シルビアを追い、首都に行き、シルビアを奪還する。









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