覚悟





 白くも、金色の混じる光が、雪のように舞い落ちる。

 床に落ちる寸前にきらきらと消え、また新たな光が降りてきて消え、を繰り返す。

 シルビアの頭上に、眩く輝く剣のようなものが出現した。

 およそ、人が振るうことなど出来そうにないほどの大きさの、剣の形をした光がシルビアを中心に円を描くように並ぶ。

 ──シルビアには武器がある。そう示した光景だ。


「彼らが私を『女神』と呼び、私が常人にはない力を持っているのなら。──それをこの国のために使います。この国の勝利のために」


 そうすることこそ、『筋』ではないのか。

 シルビアがしっかりと見据えた王太子は、頭上を見上げており、しばらくしてゆっくりと視線を下ろしてきた。


「お前が『そのような』力を使うということは存在を公にすることだ」


 王太子の視線の鋭さは変わらなかった。


「分からない者は分からなくとも、分かる者は分かる。知る者が多くなれば多くなるほど他国も知ることとなり、より多くの火種となり得る」

「それでも、私がいる限り、何があっても最後には勝つのはこの国でしょう」


 シルビアは、わずか足りとも目をずらさなかった。


「どうか、お願いします」


 これ以上に自分が差し出せるものは、自分では思い付かない。

 何かを差し出せと言われたなら、差し出すだろう。

 アルバートは、自分を犠牲にしようとするなと言った。けれど、やはりそれは難しい。決してアウグラウンドに渡ろうとは思わないけれど、今自分が成したいことに何かが必要なら、シルビアはそれを差し出すだろう。

 懇願し、あとは王太子の判断次第。


「……そこまで言うとは思わなかった」


 辛うじて聞き取れるくらいの声で、王太子が呟いた。


「シルビア、私はお前の今の言を『女神』どころか『武器』として扱われる覚悟があると捉えるぞ」

「──構いません」


 返答を受け、王太子はじっとシルビアを見つめ、少しして、ふっと息をついた。


「アルバートとて、お前を置いていくことに少なからず安心しただろうにな」

「……え?」

「まあいい。ジルベルスタイン第五騎士隊隊長の部下の教育不足のようだ。即刻部下を返却しなければな」

「…………え?」

「騎士団の制服を返してやる。神剣もな」


 シルビアは、また、「え」と言った。

 王太子がどんな判断を下したのか、急展開で。つまり、どういうことだか。


「準備をしろ。ただしゆっくりでいいぞ。私にも準備があるから、最大半日もらう」

「殿下、あの」

「命令だ。着替え、準備をしろ。今ので理解できないのは知ったことではない」


 そう言って、王太子が立ち上がる。


「悪いが、この場で散々態度で示したように、今お前に優しく接してやる理由と余裕がない」

「いえ、そこは頼んでいませんが」

「言うではないか」


 王太子が笑った。

 王や王妃がそんな笑い方をするのか分からないので、その笑い方はアルバートに似ていると思った。


「もう一度言うが、準備をするように。望み通りお前を戦場に送り込んでやろう」


 直接的な言い方に、ようやくシルビアは命令の意図を把握し、目を丸くした。


「アルバートがどんな反応をするか、想像がつくか?」

「あ……」


 そう言い置き、王太子は自ら扉を開いて部屋から出ていった。

 それでも、行かなければならない。シルビアは覚悟を決めていた。



 王太子が出ていき、五分後には騎士団の制服と神剣、戦場に臨むための装備一式が届けられた。

 シルビアはとりあえず言われた通りに、制服を身につけ、髪をまとめ、待機しておく。


「……お嬢様、本当にお行きになるのですか」

「行ってきます。すみません。お母様に手紙を書くので、渡してください」


 記憶を辿るに、王太子は、確か最大半日の時間をもらうと言った。

 待つ間、養母へ手紙を書いた。書くことに迷いはなかった。

 書き終わると、またしばらく待つ。


 そして、宣言通り半日経った頃、王太子が颯爽と再度部屋を訪れた。

 服装が変わっている。

 王太子は、シルビアの前まで歩みより、ポケットに手を突っ込み、笑顔で何か差し出した。


「ようこそ、私の近衛へ」


 タイである。

 ただし、シルビアがつけているタイとはデザインが異なる。王太子の近衛のデザイン。

 またもや意図が分からず、様子を窺っていると、タイが揺らされ、暗に取れと促された。

 仕方なく、ひとまずタイを手にする。


「結べないか」

「いえ、結べますが、そうではなくて」

「いや、そうだな。母上の近衛がリボン結びをしているように、近衛には近衛特有の結び方が生まれているようだ。結んであげようとも。私は身の回りの流行りに敏感なのだよ」

「いえ、あの」


 シルビアは戸惑うが、王太子はさっとシルビアのタイを解き、そのタイと引き換えにシルビアが持つ近衛のタイを取り、結ぶ。シルビアの首もとに、だ。


「うん、これでいいだろう」


 結んだタイにご満悦のようで、深く頷く王太子。


「お前を、私の近衛に紛れさせる。タイだけは戦地に着くまでそれを結んでおくといい」

「殿下の──殿下も、行くということになりませんか、それは」

「そうだ」


 事も無げな肯定が返ってきた。

 シルビアの戸惑いが続く。


「それは、そこまでさせるわけには」

「誤解するな。私は元々行くつもりだった」

「元々、ですか……?」


 なぜ。


「私とて、戦力の塊だからな。兄弟を戦力扱いするのは倫理的にあれかもしれないが、こういうときになると王族がいるに越したことはないのは一つの事実だ」

「まさか、戦うのですか」

「いざというときは、だ。お前の『いざ』を使ってもなお、という場合だ。つまり国が負けるときだな」


 そんな最悪の事態を例に出す王太子は、そんな未来は絶対に来ないと言うように笑う。


「すでに開戦している、時間は無駄に出来ない。フードを深く被り、出来る限り顔を隠して着いてくるがいい」

「──殿下」


 背を向けかけていた王太子が、振り返る。


「連れて行ってくださること、ありがとうございます」


 頭を下げ、お礼を述べた。

 一度決まったことを、ひっくり返してもらった。


「私がどんな考えを持っているか分からないのに、礼を言うか」


 顔を上げると、王太子の笑みは冷たいものに変貌していた。

 人がたじろぐ種類の笑みだったろうが、シルビアは、恐怖も何も抱かなかった。彼が聞いてくれたことがある。これが事実だ。


「……だから私は『駄目』なのだ」

「?」

「無駄な時間は終わりか? 行くぞ」


 王太子は、完全に背を向け、先に部屋を出ていった。

 シルビアも慌ててついて行くと、廊下の先にいた者が一人、頭を下げた。


「殿下、全ての準備が完了しています」

「そうか。ああ、先にお前だけには言っておこう。一人、一時的に近衛に混ざる者がいる」

「一時的に混ざる……?」


 王太子の近衛が、王太子が示した先、シルビアを見た。

 シルビアは言われた通り、フードを目深に被っていたが、聞いた声に少し顔を上げ気味にした。


「──シルビアちゃん?」


 呆けた声を出したのは、近衛隊隊長だった。

 第一騎士団第五騎士隊は、漏れなく全員戦地に向かったはずで、彼はシルビアがその一員であると知っている。

 どうしてここにいるのかと、様子にありありと表れていた。


「戦地にいるはずの人間だと知っているようだな。話が早い。出来るだけ、見られないように戦地に戻そうと思っていてな。フォローを頼む」

「は、はい。もちろん従いますが……」


 王太子が歩いてゆくので、ついていかなければならない近衛隊隊長はシルビアを何度か見たが、話す時間はないと悟り黙ってついていくことを選んだ。

 ずっと歩いていくと、今度は小集団が待っていた。

 その小集団に向かって、


「さあ、近衛諸君。これより我々はアウグラウンド側の戦場へ向かう」


 準備はいいな、と、王太子は笑った。






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