神に誓う





 ジルベルスタイン家の警備は、貴族の中では最も厳しいかもしれない。

 門番は騎士団にも入れるほどの強さを持ち、使用人も約半数はただの使用人ではない。シルビアの身近にいる者は必ず訓練を受けた者たちで、さながら一つの部隊とも言えた。

 ──全ては、いざというとき、シルビアの身を守るため。

 しかし今回、門番は中に知らせる間もなく殺され、中で定時の見回りをしていた者も死体で見つかった。

 相手が悪かったとしか言いようがない。


「父上」


 城にて、アルバートは父と会った。

 シルビアは家。家には母がいる。シルビアが家にいる間は、母がついてくれる。


「シルビアの様子は」

「落ち着いてはいるが……」


 精神はどんなものか。計り知れない。


「突然のことだったからな……」


 父には、侵入されたことと、被害──四名が死んだこと、そして侵入者の正体を報告させていた。

 そのため、シルビアが衝撃が受けた理由をそれらだと踏んだのだろうが。

 アルバートは首を横に振る。決して間違ってはいないが、そうじゃない。


「最な原因は侵入者でもあるだろうが、そいつが持ってきたものだ」

「何を持ってきた」

「ヴィンスの目だと、瓶詰めにした目を持ってきやがった」


 普段より乱暴な口調になった。

 昨夜の瓶は、回収しておいた。使用人に拾わせるものではないし、またシルビアが目にする事態は避けたかった。案の定、シルビアはあの部屋で立ち尽くしていた。

 アルバートが瓶を回収した場所を、見つめていた。


 アルバート自身、あの目を見たとき、衝撃を受けた。怒りと、そうなってしまったかというやりきれなさが混ざった。

 自分でこれなら、シルビアの心はどんなに衝撃を受けただろう。

 シルビアにとって、ヴィンスの存在は大きく、今の彼女の中ではある種、中心に据えられていると知っている。

 だが、昨夜シルビアは、兄の身の安全の不安定さと生死の不明さを察してしまった。どれほど揺さぶられただろう。


「……どうやってこの国に入ったというのか。だがいくらこの国にいるはずのない人間でも、地位を考えると、簡単には拷問するわけにもいかない」


 父がため息をついた。

 あの男は、王族だ。

 神剣の強さと──顔立ちで分かった。やはり兄弟か。ただの友人なりに、気分の悪いことにヴィンスと似ている部分があった。


「訳が分からない。こちらはただでさえテレスティアのことで手一杯だというのに。同じ日に、それより重大な問題がやって来た」

「そのことなんだが……タイミングから言って、あいつはテレスティアの一行に混ざっていたんじゃないか」

「テレスティアの?」


 父は、昨夜はテレスティアの件で城にいた。埒の明かない時間続きの徹夜をしただろう。

 一方、考え付いた可能性を考え続けていたアルバートは、辻褄が合う推測を今父に話す。

 この国を訪れたテレスティアは、あの国と接点があった。その接点の形が形だったから、疑うことなどなかったが……。


「両国は戦をしてきたはずだが、今も微妙に続いているテレスティアとアウグラウンドとの戦は表面上だけかもしれない。とっくにテレスティアはアウグラウンドに負けていて、今回この国に来るためにアウグラウンドの隠れ蓑にされたんじゃないのか」

「……戦は今も続け敵対していると見せかけて、テレスティアにこの国に話を持ちかけさせた、か?」

「ああ。それも王子が来れば信用性が高く、さらに『王の娘』として令嬢をこっちに輿入れさせる案を差し出せば真剣さは疑うべくもない。……邪神信仰者という点は未だによく分からないが、ただ、あの王子の様子を見るに偶然か意図的か、テレスティアの令嬢は王子に対する人質役にもなっていただろうな」

「……我々は、見事に騙されたというわけか」


 騙されていたことに関しては、すでに間違いない。

 問題は、想像以上の裏があったことだ。輿入れの話関しての内輪揉め、などというふざけた話ではなかった。

 そしてこの推測が正しくてぞっとすることは、アウグラウンドの者がずっと近くにいたことだ。


「正直、アウグラウンドが急に動き戦をしかけ始めたときは、テレスティアに行って多少ほっとしたのだがな」


 テレスティアでは人を始め、多くの被害が出て堪ったものではないだろうが、アルバートとて同じだった。

 出来るだけ、平穏であるように。平和で、取り返しのつかないことに巻き込まれない世が続けばいい、と。


「彼らは、シルビアを見つけた。この国にいると知った。次はこの国だ。──戦が始まるだろう」


 父は、容赦ない現実を口にした。


 戦が始まる。ほぼ、確実に始まるだろう。

 アウグラウンドがテレスティアに戦をしかけたのは、シルビアがその国にいるかもしれないと思ったゆえか。

 いないと分かって、次にこの国に入るための隠れ蓑として一国を手に入れたかったのか。

 最初から隠れ蓑とする目的で戦をしかけたのか。

 どれにせよ、相当手段を選ばない。


 男の、狂気をも感じる様子を思い出した。

 あの男も、血の繋がりとしては『シルビアの兄の一人』のはずなのだ。

 シルビアに聞くわけにもいかないので、友に聞きたくなった。一体、どんな連中なのだと。一回お前が見てきたものを見せてくれと、出来もしないことを思った。


「……『嫌』とかいう類いの感情は持つべきだとは思うが、持った上であんな反応をされる連中は絶対にろくな人間じゃない」


 昨夜、家にいなかった父は、首を捻った。


 嫌悪、不快、恐れ。良い感覚ではないが、持つべきものだと思う。誰であれ、自分が嫌だったり不快だと思う事はあるはずだ。しかしその感情を理解し、表情なり言葉なりで主張しなければ他人は不快さに気がつかない。どうにも出来ない。

 だから、アルバートは教えた。嫌だとはどういうことか、不快だとはどんな心地か。しないから、したくないから言えと。

 その上で、シルビアが過去に対して抱くのは──。


「シルビアをこれからどうするか、戦の前に陛下が判断されるだろう。このままであれば、シルビアも前線に行くことになる」

「……そうだな」


 神剣の使い手が多くいる第五騎士隊は、戦力の塊だ。

 神剣の最もな真価は、魔物に対して発揮される効果だが、純粋な対人戦でも特別な戦力となる。こちらが出さなくともあちらに出されれば、出さざるを得なくもなる。


「下げられるにしろ、しばらくは騎士団に通った方が安全という面もあるだろう」


 城の警備は厚く、騎士団にいれば、誰も何も知らなくとも周りは騎士団の者ばかり。

 アルバート自身、近い場所にいられる。


「ひとまず我々はテレスティアの方をどうするか、どこかで一区切りつけなければならないのだがな……」

「アウグラウンドと戦になって、テレスティアはどうするかが気になる。……アウグラウンドの支配下になっているのなら、敵になる可能性が高いか」

「そればかりか、このまま引き留め続ければ、表向きの言いがかりをつけられて、こちらが戦の種を提供したのだということにされかねない」


 いざというときの同盟国が出来るかと思われたはずが、謀られていたとは。この流れでは、余計に痛い。

 二国を相手にして、この国は勝てるのか。テレスティアとアウグラウンドの戦力の状態と、連携具合によるか。


「そういえば、テレスティアの王子の『誓い』は、アウグラウンドの王子がしたものという可能性が高いな」


 父が、思い出したように言った。

 そういえば、そんなこともあった。起こったことと、要素が多過ぎてさほど重要なことではないと隅に追いやられていたようだ。


 何も『誓い』を施されているようなのは、テレスティアの王子だけではないが、王子が一体誰に行わせられたのか、という点が非常に不可解だった。

 今まで考えられていたのは、テレスティアの王だったが、他国の王族でも力量的に可能で、推測の流れからすればアウグラウンドによってされたと考える方が自然だ。

 全ては、あの国によるもの。


「……俺は一度家に帰る」

「ああ、私も会議に戻ろう」


 父は、いつ家に帰ることが出来るのか。

 この先を考えると、予想すらできない。帰れたとしても、夜遅くに帰って朝早くに出るはめになるのではないだろうか。


「かの殿下は──ヴィンス殿下は無事だろうか」

「……」


 アルバートとの関係があり、父は私的な場でヴィンスと何度か会ったことがあった。

 ぽつりと、最後に呟き、父は部屋を出ていった。

 アルバートは、すぐには動けなかった。家に帰ることが出来るなら、一刻も早く帰るべきなのだが、少し猶予がほしくなった。


 アルバートは、最後にその友に会ったときの姿をよく覚えている。

 言葉、顔、──彼は、別れる妹に最後に微笑んでみせた。彼はあのように微笑むことが出来る人間なのだと、初めて知り、その顔が妹に限られているのだとも分かった。

 分かるとも。シルビアが、あの友にとってどんな位置に置かれているか、分からない方がおかしい。

 シルビアがこの地にいることこそが、証だ。


 ──なあ、ヴィンス

 お前はまだ生きているのか。その国に、いるのか。


 必ず生きていると、シルビアに言えたらどんなにいいか。

 言えなかった。これまでも言えなかったのだ。

 今回、直接存在を前にするまでアルバートも実感はしていなかったが、異常さを感じ、ヴィンスの生存の確率の低さをひしひしと感じた。

 あれは、戻ってしまったなら、ただでは済まないどころか、二度と会えない可能性の方が高いのではないか。

 ヴィンスもそう思っていたからこそ、別れの言葉をシルビアに言っていったのだろう。


 だから言えない。

 どうすれば、シルビアの不安を拭ってやれる。ヴィンス、お前なら、こんなときどうする。


「……馬鹿か、俺は」


 友ならばどう考えようが、どうせ自分は自分のやり方でしか対処できない。


「全部排除すれば、いい話だ」


 それが、自分に出来ることだ。

 この先起こるだろう戦は、シルビアを本当にあの国から解放することが出来る戦でもある。

 シルビアが、過去を通して怯えなくてもいいように。

 もう「託されたから」ではない。ヴィンスの代わりにという気持ちでもなく、自分自身の意思で、シルビアを守ると決めた。


 これが最後に贈ることの出来るものかもしれない。

 平穏を。



 ──神に誓おう






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