捜索せよ






 首都の街中は、基本的にどこに行っても人がいる。

 まとまって捜索するには、手間取るため、手分けされたエリア内を、さらに班ごとに分かれて捜索に当たることに。

 シルビアは神官と二人行動することになった。

 自分が神官と二人で良いのだろうか。もちろん、戦える自信はあるが。


「シルビアは、アレックス神官と急がず探して。それから、アレックス神官は神官の中ではかなり身のこなし軽い方だから、敵と遭遇したときはあまり気にせず戦って大丈夫」

「はい。私の方はお気になさらずとも大丈夫ですよ」


 なるほど。神官はあくまで浄化要員。役目は邪神信仰者が見つかったときと、魔物を退治したあとになる。

 それまでは騎士隊の仕事だ。


「魔物にしても邪神信仰者にしても、応援が必要なら合図して」

「分かりました」


 レイラ他、班員はそれぞれの方向へ走り、散っていった。

 シルビアはその姿を見送り、神官を見上げる。神官──アレックス・セトラはたれ目をより下げて、「私たちも行きましょうか」と微笑んだ。


「はい」


 邪神信仰者をどのように探すのか。

 一見したところの手がかりはないに等しいが、傾向と隠れた証がある。

 彼らは、他の神々を信仰する人々に混ざらない。人目を避け、身を隠すようにひっそりと暮らす。

 帰る国のない彼ら全員が、海賊をしているわけではない。他の国を移り歩き、生きていく。そういう意味での『移民』として、地をさすらい生きている。

 また、彼らは、その身に彼らの神を刻む。

 言うまでもなく、前者が傾向、後者が隠れた証である。


 街を歩いていても、一般の民は、少しこちらに注目することはあってもそれ以上ではない。

 日頃から、街中を警らしている隊があるので騎士団の制服は彼らの日常風景の一つ。神官も、馴染み深い存在だ。

 とは言え、現在この辺り一帯を第五騎士隊が捜索しているわけであり、あちらにもこちらにもいるとなると、さすがに何事かと思ってくるかもしれない。

 そもそも、この場にいる人が魔物のようなものが出現したとは知らない、のかもしれない。


 一本、人気のない細い道を通り抜けたところで、どうも人がそれなりにいる通りに出てきた。

 元々、首都には完全に人がいない場所は非常に少ない。ジルベルスタイン家がある辺りは静かなものだが、あの辺りは平民の格好をする者が通りかかることもまずない。


「……?」


 出てきた位置の、左手。何やら人が集まり、騒がしい場所がある。


「アレックス神官」

「ええ」


 呼ぶと、神官は意を汲んでくれた。

 見に行ってみよう。魔物のようなものが出てしまった可能性がある。その被害の跡という可能性も。

 シルビアは神官と共に、人だかりの元へ行く。

 人だかりの最後尾についたはいいが、シルビアは背が低く、人の向こうが見えない。どうにか間から見えないかと動いてみても、上手い具合に人が隙間を塞いでいる。

 人々は背後にいる騎士団の人間と神官に気がつかず、完全に前に注目している。


 しかし、魔物の被害の可能性にしては、聞こえてくる声が勇ましい。悪い出来事をひそひそ話すような雰囲気ではない。これは……?


「シルビアさん、単なる喧嘩のようです」


 上から報告が降ってきた。

 見上げると、隣の神官は背が高く、容易に人の向こう側を覗けているようだった。


「喧嘩、ですか?」

「ええ。ただの喧嘩ですね。……ですが、両方共負傷が激しいようです」


 最後列での会話に、前にいた人がようやく後ろを気にした。


「──あ」


 と、聞こえて、シルビアが前を見ると、前にいた人がシルビアと神官を見ていた。


「き、騎士様と神官様」

「えっ」


 次に横の人、また横の人、前の人、と何だ何だと、みるみる内にほとんどの人が後ろを見始める。


「おーい警らの騎士様がいらっしゃるぞ、喧嘩は止めろー!」

「止めとけ、あいつら聞こえていやしない」


 数人が、人だかりから離れていった。逃げるような足取りだった。

 一応、シルビアの目はそれを追ったが、邪神信仰者ではないだろう。単に、警らの騎士隊の人間が来たと思って、離れた。喧嘩を見ていたからと言って、捕まえられるわけではないだろうに。


「警らをしている騎士隊を呼ぶより、こちらで止めた方が余程早く、怪我もここで止められそうです。シルビアさん」

「はい」

「少し、お待ちいただけますか」

「はい」


 離れていく人を見ていたシルビアは、何だろうと神官を見る。

 神官は、前に進んだ。人が、神官に道を開ける。シルビアが行動の意味が分からない間に、神官は人垣の向こうに到達した。

 そこで、ようやくシルビアにも喧嘩の場が見えた。

 二人の男性が、殴りあっていた。身のこなしもあったものではない、拳を突き出し、当たり、当てられの喧嘩だった。何が喧嘩の原因だと言うのか、彼らには周りの声も耳に入らず、近づいてきた存在も目に入っていない。

 神官が、揉める二人の勢いを構わず、一歩踏み出す。腕を伸ばし、両側からの拳を受け止めた。手はピクリとも揺るがなかった。

 そして、そのときになり、二人は第三者の存在に気がついた。

 それは、大きな隙だっただろう。


「失礼」


 だとしても、神官が二人同時に腕を捻りあげると誰が想像しただろうか。

 とても鮮やかな手際だった。

 神官が、痛がる二名に腕を捻り上げたまま何事か言い、その場を収める流れを観ながら、シルビアは感嘆していた。


「お待たせしました。本来の任務ではないことに、時間を使ってしまい申し訳ありません」

「いいえ。アレックス神官、とてもお強いのですね」


 神官は守る対象であると言われていた。事実、神官は神官。騎士団で毎日鍛えている職の者ではない。

 しかし、この神官のあの手際はどうしたことか。


「これで、少々腕には覚えがあります。レイラさんが仰っていたのは、こういうことだったのです。神官服では目立ちませんが、無駄に体格が良い方でもありまして」


 ──「アレックス神官は神官の中ではかなり身のこなし軽い方だから、敵と遭遇したときはあまり気にせず戦って大丈夫」

 確かにレイラが言っていたが、こういうこととは連想できなかった。


 捜索を再開しましょう、とシルビアと神官は歩きはじめる。

 心なしか、周囲の視線が神官に集中していた。「あの方、あの服、神官様、だよな……?」「訳あって騎士様が神官様をされてるのか……?」などという声があった気も。


 人がいる方から、遠ざかっていく。人がいる場所でも、人がいないところ、人目を避けられる場所はある。建物と建物の間の道や、建物の中。

 建物の中は、まず現場に近い周辺のみ、建物を訪ね回っているはずだ。


「強いと言えば、シルビアさんはとても強いと弟が言っていました」

「イオが、ですか?」

「ええ」


 顔を一瞬、横に向けたが、神官の目は道の方へ向いていた。話しかけてきたが、目は探索をしているようだ。

 シルビアも習い、目は逆方向に向け、探し続ける。


「彼は学院で一番の成績を収め続け、学院を卒業しました。兄として誇らしいことですが、勝つことが当然なようなところがあったようなので、近衛隊で勤め始めてしばらくして負けたと言って帰って来たのは驚きました」


 曰く、ジルベルスタイン家の養女「シルビア・ジルベルスタイン」という同じ新人に負けた、と。


「負けに衝撃を受けていたのと、傷をつけたそうで落ち込んでいましたね」


 負けに衝撃。

 何もかもを教わり始めたときから、アルバートに負け続けているシルビアとしては、分からない感覚かもしれない。至らなさを感じるが、衝撃はない。


「今でも悔しがっているときがあるようです」


 イオも、シルビアがジルベルスタイン家から通っているように、セトラ家から城に通っているようだ。

 兄であるこの神官も、セトラ家から城に隣り合うようにしてある教会に通っているのだろう。よく会っている言い方だ。


「どうぞ、シルビアさん、これからも彼を負かして仲良くしてあげてください。弟の成長がまだ見られるのは楽しいのですよ」


 こんなに偶然会える機会などないだろうから、と神官はこの状況に全く合わない話を結んだ。


「もちろんです。私はイオに負けないように、精進していきたいと思いますし、イオとは友人として仲良くさせていただきたいと思っています」

「友人……ああ、なるほど。あの弟は気がつかずに、その方向へ持っていきましたか……」


 神官は何やら思案する様子になったが、真面目に探索は続けているシルビアは気がつかなかった。


 それから一時間、黙々と歩き続け、探し続けた。

 どこからも、どこかで合図が送られている音は聞こえない。任務完了の合図も。

 まだ見つからない。

 歩く場所には、人が見当たらなかった。天気の影響か。今にも雨が降り出しそうな雲行きだった。分厚く濃い灰色の雲のせいで、辺りは暗めだ。


「……こういうところを探していると、邪神信仰者が魔物を生み出し私たちに危害を与え得る存在であるとしても、些か気の毒です」

「気の毒、ですか?」


 思わぬ言葉を聞いた気がして、シルビアはちらりと神官を見た。神官の目は、今度もこちらを見ていない。


「邪神信仰者は、他の神々を信じる人間を避けるとされています」


 だからこそ、今こうして人気のない場所を重点的に探している。


「その観点から、邪神信仰者は人の多い首都に来ようとは思わないのではないか。だから地方よりも少ないのではないか、と考えられています」


 初めて聞くことだった。しかし、何となくおそらく有名な話ではないのではないかと感じた。


「ですが、とある神官はこう言いました。人が多くとも首都に来る邪神信仰者というのは、首都が神域の内比較的入り込み易いから来るのではないか、と」

「……? どういうことですか?」


 思わず、シルビアはまた神官に視線を戻してしまった。


「神域には魔物が出にくいからです。邪神信仰者による魔物の出現は、信仰の力の大きさと人数に左右されるとされています。一人二人と少人数なら、魔物の出現も低確率ともされています。わざわざ首都に来る邪神信仰者がいるのは、邪神の信仰はするが、静かに暮らしたいと思っている者たちがいるのではないかとその神官は考えたのです」


 魔物が出れば、どこにいても騒ぎになる。

 しかし、魔物の出現の可能性を限りなく低くし、暮らせる土地がある。神域だ。

 ただし、神域は城があるか、教会があるか、首都があるか。

 一番簡単に出入りでき、長居できるのは、首都だ。

 斬新な考えと言えるだろう。邪神信仰者とは、自分たちが生み出した魔物に食われてもよいというような思考を持つことがほとんど。魔物とは、彼らが信仰する邪神の存在証明だ。


「アレックス神官も、そう思われるのですか?」

「それは、自分から出した話題ながら答えにくい質問ですね」

「すみません」

「いいえ」


 答えにくい、と言うのは、と神官は苦笑しつつ述べる。


「神官の中には、神への信仰心が極端に強い者がいます。この国の神、イントラス神こそが唯一の神であり、他の神々などいない。もしくは、邪神である。そんな過激な考えを持つ者がいるのです。そういった者は、大抵邪神信仰者をとても良く思いません」


 どこかで聞いたことのある話だ、と思って思い出した。

 テレスティアの使者の来訪をぎりぎりまで出来るだけ内密にしている理由だ。あれに重なる。


「どこでどう耳に入るか分かりませんからね。……ただ、こうは思います」


 神官が、おもむろに空を仰いだ。


「私たちも神を信じています」


 彼は、外套の内から手を出した。天に差し伸べるように、軽く持ち上げる。

 その手、指の一本の付け根に白い指輪がついていた。そういえば、イオの兄は既婚者なのだったか。


「その一柱のみを信仰しています。その点では、彼らも私たちも同じと言えるでしょう」


 シルビアもつられて、空を見上げた。

 一柱の神を、自らの神だと信じている。

 確かに、同じだ。その点では、この国の人々も、どの国の人々も、国を持たない邪神信仰者も同じ。

 では、自分は。


「……雨が降ってきたようですね」


 ぽつり、と頬に水滴が落ちてきた。

 雨が降りそうだった、曇天から、とうとう雨が降ってきた。


「この前のような勢いにならなければ良いのですが」


 神官がフードを被る。

 影がかかり、瞳の緑色が暗い色合いになり──緑がどこかに目を留めた。


「……候補が見つかりました」


 肩に手をかけられ、シルビアは即座に止まった。

 神官を見上げ、鋭さが混ざった視線の先を辿っていく……。

 建物と建物の間。細い道に、塊が見えた。蹲る人がいる。


 シルビアは左右に目を向ける。魔物のような存在は無し。

 けれど一度剣の柄を握りつつ、神官に視線を向ける。


「お任せします」


 シルビアが前に。足音を消し、近づいていく。

 まずは、声をかけての反応だ。

 制服を見て逃げるようなら、可能性を高めざるを得ない。逃げ出さず、対応が従順であれば保留。

 どちらにせよ、人々の安全のため、確かめるところを確かめなければならない。


「すみません」


 道に蹲る塊は、二つあった。

 シルビアが充分に近づいて声をかけると、ビクリっと、どちらもが激しく跳ねた。

 そして、マントのフードを被った頭が、上がる。

 暗い色のフードの陰から、顔が明らかになった。女性だった。

 地味な色のマントの下に、ドレスを身につけた、女性だった。






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