意外な出会い
テレスティアの使者がどのように過ごしているのか。
どのような用件を持ってきて、その話はどこまで進んでおり、彼らはいつこの国を後にするのか。
そういった情報は全て分からなかった。
その日まで、テレスティアの使者の姿は限られた場所にしかなかったのだ。
レイラと共に訓練場に移動している途中のこと。
前方に、小集団が現れた。騎士団の制服が多い。当たり前だ。ここはほとんど騎士団の者しかいない区域だ。
しかしながら、その制服が特別仕様であると判明すると、話は変わる。
近衛隊──では、彼らが囲んでいる中心にいる人物は王族の誰か。その中でも、あの近衛隊の年齢層は若い。
「殿下ね」
王太子だった。
騎士団の者が行き交う区域で、シルビアが見てきた今までの王太子と言えば、九割方近衛を連れていない姿だった。
本日は近衛を連れており、それだけではない。誰かと話している。完璧ではないかという笑顔を向けている隣。近衛の制服姿でない誰かがいた。
「……もしかして、あれって」
テレスティアの王子?
と、レイラが限りなく小さな声で、憶測を口にした。
王太子の隣には、藍色の髪をした男性がいた。年齢は、王太子……よりは年上か。アルバートと同じくらいかもしれない。
その男性は明らかに王太子と話しており、彼の側に、見慣れない制服姿の者がいる。この国の騎士団の制服ではないが、その類いの制服だと分かる人は、王太子の隣の人物の警護人員だろうか。
この国の高位貴族ではない。異なる国の貴人。そう考えると、現在この国にいるのはテレスティアの王子だ。
「何しに来たかは分からないけど、ここに出てきたってことは用件が一段落したってこと?」
奥にいて、この国の王や重臣たちと何らかの話をしていると思われた使者が出歩いている。
「あの様子が表面だけのやり取りじゃなければ、テレスティアとの関係は『友好』に結ばれていきそう」
なぜか同じ方向に進んで行きそうだったので、ちょっと止まって観ていると、高貴の塊である小集団は見えなくなった。
「この先には騎士団の訓練場しかありません、よね?」
「うん」
「殿下は、手合わせでもするおつもりなのでしょうか」
「…………さすがにないでしょ」
他国の王子相手に。
けれど、即答されなかった辺り完全に否定出来るような人には見えていないのだ。この国の王太子は。
「でも、まあ、外の訓練場なら、そこから庭に繋がるような道はあるわけだし。ちょっと通っていくだけかも」
「そうですね」
「それより、私たちもそろそろ行こうか」
「はい」
王太子と、テレスティアの王子が何をしようと、究極に言えばシルビアたちには関係がないのだ。
「──レイラか、レイラだな! あと、シルビア!」
一歩、二歩と進んだところで、背後から大声で呼ばれた。とっさにストップする雰囲気を含んだ声だった。
レイラと揃って振り返ると、そのときには第五騎士隊の先輩はすぐそこにいた。
「先輩、どうしたんですか?」
この男性は、レイラにとっても先輩である。
すごい勢いで走ってきたようで、少し息が乱れている。
「あと、どれくらい走って来たかは知りませんけど、体力不足ですか?」
「全力の中の全力出せば、息は切れるものなんだよ!」
それでも、思いっきり反論しながらも、ものの十数秒で息を整えてみせた。
「緊急召集だ」
「緊急? 魔物か海賊か出たんですか」
「魔物だ。詳しいことは集まってからまとめて。とりあえず緊急事態だ」
レイラが、細い眉を寄せた。
その訳は、シルビアにも分かった。魔物が出れば、退治は一刻を争うこともあるだろうが、おそらくわざわざ『緊急』とつけられる場合は特殊のはずだ。
例えば、この前の海賊と魔物退治。テレスティアの使者の訪問が迫っており、彼らが来るが先か、海賊と魔物を排除しておけるかどうか。日程的にギリギリで、まさに緊急だったろう。
では、今回は。
「で、ここで伝令交代。訓練場にいる奴ら呼び戻して」
「うわぁ……。大体どうして先輩が伝令してるんです?」
「副隊長のすぐ近くにいたから、行けって言われたんだよ」
「副隊長は行けなんて言い方しないでしょう。『行って下さい』か『行ってくれますか』でしょう」
「そんな細かいこといいんだよ!」
叫ぶ先輩。
シルビアは側で黙って事を聞いていたが、そこで挙手し、初めて口を挟む。
「私が行ってきます」
「おお、頼む」
一度止まった方向へ、歩くのではなく走り始めた。
王太子一行の姿は見当たらなかった。
第五騎士隊の部屋に戻ると、アルバートが後から入ってきた。どうも、部屋を不在にしていて、知らせを受けて戻ってきたらしい。
副隊長が誰よりも早く近寄り、アルバートが問うより先に報告を始める。
「魔物が街中に出たそうです」
「
街中。街の名前、具体的な地名が述べられなかったことで、アルバートがそう問い返すと、副隊長が肯定を返した。
「さすがに、首都ですから影のような代物のようですが……首都に邪神信仰者がいる可能性が高いですね」
首都は、広い神域である土地にある。首都に自然に魔物が発生することはない。
しかし、城や教会の土地と比べると濃度が劣っているため、邪神信仰者がいるならば話は別だ。
自然には魔物が生まれないほどの影響は持つ神域だが、魔物を生み出す源である信仰を持つ邪神信仰者がいれば魔物に近いものが出現する。
しかしながら、一年に数えるほどだと聞く。魔物が出にくい地であることに変わりなく、邪神信仰者がいても一人二人など少数であれば、魔物は出てくることさえできないからだという。魔物出現のほとんどは、地方なのだ。
確かに、これは緊急に値する。ここでもまた、城には魔物が出なくとも、テレスティアの使者が首都にいるのだ。
「被害は」
「襲われた一般人が三名。すでに神官が向かっています」
「魔物の行方は」
「目撃はまだその一件の現場のみです。一旦消滅した可能性もあるかと」
「だが、邪神信仰者がいる限りは出没を繰り返すな。神官にここに来るように連絡は」
「すでに」
まさに、そのときである。
ノックが鳴り、隊長副隊長のやり取りに耳を傾けていた全員が、扉の方に注目する。アルバートが返事し、開いた扉から白が溢れる。
「邪神信仰者及び魔物の出現に対し、浄化要員として参りました」
先頭に立ち入ってきて、男性の神官が優雅な礼をし、顔を挙げた。
柔らかそうな毛質の茶色の髪に、緑色の目。目の下に黒子が特徴的な神官だった。
シルビアは既視感を抱く。この人を見たのは初めてだ。しかし、どこかで……?
「私、今回神官の指揮役になります、アレックス・セトラと申します」
どこで聞いたことのある名字だと思った。
セトラ──イオ・セトラ!
シルビアが第五騎士隊以外で、もしかすると一部の第五騎士隊の人間よりも最も会い、話しているかもしれない青年。彼の名字がセトラだ。
偶然、複数の家が有する名字、ということはあり得るのだろうか。
シルビアは他の隊員の間から、中へ入ってくる神官の先頭を自然と見つめてしまっていた。
「ジルベルスタイン隊長におかれましては、お久しぶりです」
ゆったりとした挨拶に、アルバートが軽く握手を交わしている。
「早速だが、襲撃された地点を中心に邪神信仰者の捜索を行う」
最優先は、いると思われる邪神信仰者の捜索。邪神信仰者を見つけない限り、魔物を倒したとしても、また出てくる可能性があり続ける。
先に魔物と遭遇すれば、魔物を倒すのは言うまでもないことだ。
隊内でさらに分かれた班ごとに、街中を捜索することが決まった。街中では、さらにばらけて捜索することになりそうだが、各班に一人か二人の神官が入る。
神剣使いでない者は、班での魔物と遭遇時は、基本的に神官の護衛役になる。
「よろしくお願いいたします。私、アレックス・セトラと申します」
シルビアがいる班に、セトラの名を持つ神官が入ることになった。
近くで見ると、たれ目だという細かな新しいことが分かった。イオはつり目である。
「レイラ・メレノアです」
「以前お会いしたことがありますね」
「ええ」
街に出る前に、手早く、挨拶が交わされていて、シルビアはその間も何となく神官を眺めていたのだけれど。
「貴女は初めましてですね。アレックス・セトラです」
前に、手を差し出された。
いつの間にか、見ていた神官はシルビアの前に来ていた。
順に握手していっているようだったから、横にいるレイラの番が終わればシルビアの番に来るのは当たり前か。
「初めまして。シルビア・ジルベルスタインです」
さっと、マントの奥から手を出して、手を取った。
「──貴女が」
何に驚いたと言うのか。
真顔が笑顔なのではないか、と思うほど笑顔が自然だったのに、神官は目を丸くして虚を突かれた顔をした。
「あの、何か」
「私としたことが、申し訳ありません」
戸惑いの声をかけると、神官は詫び、それからふわりと微笑んだ。
「シルビア・ジルベルスタインさん。噂と、イオからの話は伺っています」
イオの兄。セトラ家の長男。本職の神官職に就いていると聞いていた気がする人。
目の前の神官は、その人だった。
あちらからも握られた手は、存外しっかりとしていた。
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