お茶会






 彼女の様子が突如、明らかに変化した理由は、シルビアには分からなかった。

 ただ、凝視している先の人は、人に隠れ、紛れてしまう。


「ニーナ」


 ニーナを呼んだ人は、シルビアの横の方から現れた。


「……アルバート、様」


 声にゆっくりと反応したニーナは、よく分からない表情をしていた。

 微笑みはなかった。かといって、さっきのような驚いた表情ではない。

 そんなニーナを不思議がることはなく、アルバートは彼女に言う。


「今日、茶会の間によく考えろ」

「何をですか」

「お前は、後悔しないと言い切れるか?」


 シルビアには、アルバートの話していることが分からない。何を示し、後悔と言うのか。

 しかしニーナには通じているようで、彼女はもう何がとは問い返さなかった。しばらくして、やっと彼女は微笑んだ。弱い微笑みだった。


「お節介な人」


 その声が、とても複雑な感情を孕んでいたことだけは感じとり、分かった。

 ニーナはアルバートとシルビアに優雅に礼をし、両親の方へ。一歩を踏み出し、そこでようやくシルビアはニーナが去ろうとしていると知った。


「ニーナ様」


 考えるより先に、呼び止めていた。

 振り向いた彼女に、「すみません」と謝る。

 非礼に対し、謝らなければならなかった。口にするべきではないことを言った。


「いいえ」


 彼女は微笑み、シルビアを許した。

 ニーナが遠ざかっていく。両親と合流し、彼女の両親はシルビアはどこにいるのかと探し、アルバートと共にいるシルビアを見つけた。


「何か謝ることがあったのか」

「……失礼を、してしまいました」


 何をとは、言えなかった。

 横に立つアルバートは少し不思議そうな顔をしたけれど、些細なことだろうと捉えたのかもしれない。それ以上は尋ねなかった。


「ニーナとの顔合わせも終わったから、ここで止めにしておくか」


 そうした方が賢明かもしれない、と思った。けれど、このタイミングで下がってしまうのはいけない気がした。


「いいえ。最後までいようと思います。ですが、少し庭の方を歩いてきてもいいですか?」


 頭を冷やす必要がありそうだから。


「ここにいればまだ切りのない挨拶に巻き込まれるだろうしな。場所を移動する頃まで離れておけ。ああ、迷うなよ」

「迷いません」


 アルバートは笑って、シルビアを送り出した。


 シルビアは一人、庭を歩く。

 招待客は、場所を移ると分かっているから、同じような場所にしかいない。だから、少しだけ離れてみると驚くほど静かになる。

 シルビアもそこまで奥へ行くわけにはいかない。とはいえ、庭の鑑賞を目的に離れてきたわけではなく、落ち着くためだ。

 今は落ち着いている。

 さっきの自分は変だ。胸がざわざわして、苦しくて、どうしようもなかった。


「……何が」


 何が、起きていたというのだろう。

 こんなはずではなかった。ニーナに会えば、収まるはずだったのだ。

 どうして。表情が歪む。手を胸元で握りしめる──


「良かった、間に合った。もう、ジェドのせいだから」

「いやいや、レイラも原因の一つだから。それに全く遅刻じゃあない」

「マナーの問題よ」


 聞き覚えのある女性の声が聞こえた気がして、顔をあげた。

 相変わらず、シルビアの近くには人はいない。けれど、少し外れた場所、やって来る人と、目が合った。


「シルビア」


 女性は、シルビアに軽く手を挙げた。

 レイラだった。そういえば、そう聞いていたような、聞いていなかったような。

 レイラがあちらから来るので、シルビアも歩いていく。


「シルビア、こんにちは」

「こんにちは、レイラさん」

「シルビアのドレス姿は初めて見たわね」


 とても可愛い、という言葉にお礼を言う。

 そう言うレイラこそ、シルビアは初めてドレス姿を見たし、非常によく似合っていた。

 女性としては背が高い方のレイラは、すっきりとドレスを着こなしていた。髪も飾りがつけられ、綺麗に流されている。

 そして、レイラの隣には男性が。


「近衛隊、隊長?」

「や、シルビアちゃん」


 軽く挨拶を返したその人は、いつか偶然会い、食事を共にすることになった人。イオの上司、王太子の近衛隊の隊長だ。


「この前会ったそうね。聞いたわ」

「本当に、予想以上の美少女でびっくりしたの何のって」

「そういうことは今聞いてない」

「あの」


 隊でお世話になっている先輩と、一度だけ、全く別の場所で会った男性。

 シルビアは理解が追い付かない。


「レイラさんと、隊長は……」


 関係は。

 まるで、そう、これは。


「これ、私の婚約者」

「どうも、『これ』です」


 レイラの雑な指差しに、近衛隊隊長は慣れた様子で手を挙げた。


「婚約者……さん、ですか」

「そ。ごめんね、会ったとき鬱陶しかったでしょ」

「レイラ、婚約者扱いが雑だぞー」


 言葉のわりに、近衛隊隊長は笑う。

 何と、婚約者という関係だったのか。思わぬところが繋がった気分になり、シルビアは何度も瞬く。


「それはそうとシルビア、ここで何してるの?」

「庭が広いから迷ったとか」

「バカ、自分の家よ」

「冗談だって」


 レイラが、茶化す婚約者を一睨みし、またシルビアに目を戻す。


「私は、少し庭を歩こうと一旦離れていたところです」

「シルビアはこういうお茶会とか、慣れてないか。これまで出てこなかったんだよね」

「お茶会なんて、適当に笑って話してお茶を飲んでおけば終わるよ」

「あなたはそうでしょうね」

「レイラも似たようなものだろう」


 レイラが婚約者を素早く一突きした。さすが、いい狙いだ。


「あ。そういえば、シルビア」

「はい」

「ニーナには会えた?」


 レイラは、ニーナも来るって聞いたんだけど、と首を傾げた。


「ニーナ? ああ、例の。アルバートは水臭い。レイラから聞くまで全く知らなかった」


 シルビアが答える前に、近衛隊隊長が反応した。

 そして、シルビアを見て、問いを重ねる。


「会えたなら、問題は解決したかな」

「問題って何」

「え? ああ、何かね、アルバートが結婚──」

「隊長」


 シルビアは、よくやく口を挟めた。

 そればかりか、遮った。

 失礼なことだ。だけれど、今は、構っていられない。


「レイラさんも」


 近衛隊隊長と、レイラを見る。


「ここでお引き留めしてはいけないので、先に、ご案内しますね」


 会えたとだけは、答えておいた。


 お茶会は、その後前もって聞いていた通り、場所を移り全員席についた。お茶を飲み、お菓子を食べながら、歓談する。

 シルビアの側には養母がいたため、養母がシルビアに向けられる会話を上手く捌いてくれた。

 お茶はいい香りだったし、お菓子はとても甘かった。







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