第96話 結界のなか
リリアナの魔法陣の効果は、結界と冷気。
この闘技場を含む空間だけが周囲から切り離されて凍結し始めている。
ドラゴンが失速した隙に、落ちかけていたヒューとレンカを助けてほっと息をつく。
これまでずっと走り続けていて、さすがに息が上がりそうだ。
ドラゴンは今、雪を纏って闘技場の舞台の上で必死に羽をばたつかせていた。そしてその雪は俺たちの体温も徐々に奪っていこうとする。
「これは、あの魔物を封印していた魔法じゃ」
魔法を構築し終えたリリアナが、闘技場の観客席まで上がってきた。
「じゃあこのままあいつをここに封印しなおすのか?」
「うむ。……と言いたいところじゃが、そうはいかぬ。今この結界の内側には、我々や逃げ遅れた街の人たちが大勢含まれている。あやつと共に長き眠りにつきたくなければ、結界が凍りつく前にあやつの息の根を止めねばならんのじゃ」
結界は闘技場前広場を中心に広がっている。リリアナも最初は冷凍の魔法陣を大きく描いて、ドラゴンの動きを鈍くするつもりだった。だがちょうど闘技場で俺たちがドラゴンを引き付けていたので、そのまま閉じ込めてしまうことにしたらしい。
結界の範囲内には宿屋や商店が何軒もある。それらの建物には避難した大勢の人たちが、そしてこの闘技場にも逃げ遅れた兵士たちがいる。
この結界が封印だとしたら、俺たちやその大勢の人たちも一緒に封印されてしまう。だが今すぐに解除したら振出しに戻る。
「ギュオオオオオオウ」
「奴はまだまだ元気良さそうだぜ」
「しかし動きは鈍い。楔を起動しよう」
「おう!」
リリアナと一緒に駆け付けたカリンが、ヒューと共に杖を構えた。
楔の魔石は、雷の魔法に反応して起動する。
「トゥルエノヴェロス、トゥルエノヴェロス、トゥルエノヴェロス」
いくつもの雷撃がドラゴンに降り注ぐ。それが楔に当たると、破裂して普通の雷撃以上の爆発が起きた。ドラゴンの羽は穴だらけになった。
かろうじて宙に浮いていたドラゴンだったが、ついにドーンと地面に落ち、凍った石をあたりに撒き散らす。
「アル、レンカ、チャンスだ。もっと楔を打ち込め」
「任しとけ!」
『リクさん、広場でレーヴィさんたちと合流しました』
「レーヴィが来てたのか」
『魔族の皆さんと一緒に、いつか現れるはずの巨大魔物に対抗するためにアルハラに協力を申し出ていたそうです』
クリスタが遠話で簡単に事情を説明してくれた。
アルハラとガルガラアドの仲はいまだ険悪だ。けれどこれから先は歩み寄るべきだとガルガラアド側は考え始めている。その先駆けとして数人の特使を派遣して来た。
それが森の民の解放のタイミングと同じだったのは偶然ではないだろう。
しかし丁度そこで魔物が押し寄せているという情報が入ったところに居合わせた。レーヴィと一緒にきた魔族は、クララックの北門でアルハラ兵と一緒に魔物を食い止めるべく協力を申し出たという。そしてレーヴィと供の者の二人はここにいるはずのシモンを探しにきた。そこで、結界に閉じ込められたのだった。
『レーヴィさんは今からそちらに行きます。私はシモン君と魔族の方と一緒に、結界内に閉じ込められている人達を落ち着かせています』
「すまんな、クリスタ。そっちは任せた」
舞台では落ちたドラゴンに矢が射かけられている。
地に落ちたドラゴンの羽を観客席から狙うのは、造作もないことだ。矢の後を追うように魔法使いたちの声が響き、ドラゴンの羽を吹き飛ばしていく。
「おまえたちはいったい……」
階段に通じる扉の向こうから、声が聞こえた。そっと顔を覗かせているのは、逃げ遅れた兵士の一人だ。偵察に来たのか。
何が起こっているのか全く状況についていけてないが、俺たちがあの魔物を倒そうとしていることは分かったらしい。
「黒髪の人間……」
「おっと。お前たち、そんな話をしてる場合じゃあないぞ。見るがいい」
ヨルマがその兵士の背後からぬっと現れた。
「ひぃっ」
「腰を抜かしている場合ではなかろう。この闘技場にいた魔物たちが逃げ場を探して外に出ようとしている。おぬしらはあれを倒して来い。あの巨大なドラゴンは俺たちが倒しに行こう」
「はっ、はい……」
這うようにして兵士が去り、代わりにヨルマが入ってきた。
「途中にいた兵士どもにも、魔物の残党狩りを命じておいた。私にそんな権限はないが、はいと言っていたからまあいいだろう。さあ、行こうか、リク」
「それにしても、でけえな」
ヨルマと一緒に入ってきたエリアスが感心したようにつぶやく。
「今はもう、でかいだけだ。石のドラゴンほども硬くはない」
「そうだな。飛べないドラゴンは、ただの地竜だ。ははは。ヒュー、足場をくれ。舞台に降りる」
「エリアス! ったく、人使いが荒れえんだよ、グラセバーセ、グラセバーセ」
観客席をポンポンと駆け下りてそこから魔物のいる舞台へと降りる。
羽をもいだからと言っても、あの巨体だ。体力を削り切るにはずいぶんかかるだろう。
しかし飛び回られるよりもずいぶんマシだ。
それにこれが初めての戦いって訳でもない。
俺には仲間がいる。
隣にはリリアナも。
元魔王と元勇者がここにいて、一緒に戦う。
だったら負けるわけがない。
「行こう、リリアナ」
「うむ。私は常にそなたの側にいる。行こう、リクハルド」
剣に凍気を纏って、俺とリリアナも舞台へと飛び降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます