第82話 計画と準備
「人質を連れだすなら、いくつか考えないといけないことがある」
「俺だってやみくもに突っ込むつもりは、ねえよ」
今は。
そう言ってアルは照れ臭そうにそっぽを向いた。
俺達が協力すれば助けられる人数は段違いに増えるはずだ。それ以上に、仲間を得て心強いということもあるだろう。
「まずは城壁の内側への侵入方法。これは見つからないほうがいい」
人質を説得する時間が欲しいからな。人質になっている森の民たちが全員脱出する気にさえなれば、そこからはいっそ力ずくでもいいのだ。
つまり二つ目に考えなくてはいけないのは、人質の皆を説得すること。
そして最後の難関は、内壁だ。
獣を避けるだけの目的で作られた外壁は、普段は検問もなく門も多い。塀も俺たちの身体能力ならば楽々と乗り越えられる高さだった。
外壁と違い、内壁は首都クララックの守りの要になっている。外壁の倍くらい高い壁には、厳重に守られた四つの門しか出入り口がない。もちろん厳重にと言っても市民や行商の商人たちの出入りも多く、普通なら通り抜けるのはさほど難しくはない。だが中央の城壁付近で騒ぎを起こした後となると、楽観視もできないだろう。
「考えなきゃいけないことは、いくらでもあるな」
「僕たちもお手伝いしますから」
「そのことだが……シモン、そしてカリン。今回の森の民奪還は、俺達だけでやろうと思う」
これだけは、リリアナ、クリスタ、アルの三人と話して、すでに決めていた。
「嫌です。わたしはリリアナさんの側を離れません」
「うむ。いつもすまぬな。ありがとう、カリン。じゃがアルハラへは連れていけぬ。此度の戦いは危険で、私とて絶対に成功するとは言い切れぬからのう」
「だったらなおさら」
「足手まといなのじゃ。カリンを守りながら戦う余裕はない」
「そんな……」
いつにない強い否定の言葉に、カリンの顔が強張った。
側で一緒に聞いていたシモンも、しばらく俯いて何か考え込んでいる。
正直に言えば、カリンやシモンに手伝ってもらえばいくらか成功する確率も上がるだろう。
だが俺たちはアルハラという国家に対して攻撃を仕掛ける。それがたとえうまくいったとしても、その後、何事も起きないはずもない。俺たちが追われるだけならまだいい。俺たちが原因でアルハラが、ここイデオンやガルガラアドに対して敵対するような事態にはしたくない。
だからこれはあくまで、森の民の反乱としたい。
リリアナの助力も、そう言って断ろうとしたが、それは受け入れてもらえなかった。俺とリリアナは契約状態らしい。
いつの間に……。
「分かりました」
返事をしたのはシモンだった。
「僕たちは森の民の反乱には、かかわらないです」
「シモン!だがそれではあまりに戦力が足りなすぎる。私たちは力不足でも、西の鳶の皆ならあるいは」
「いいえ、カリンさん。だって考えてもみてください。カリンさんはいくらか戦えるとしても、僕は本当に戦力外です。一緒に付いて行けば迷惑にもなるでしょう。ゾラさんたちにお願いした結果、国やギルドを巻き込んでしまえば、リクさんたちも後悔するでしょう。突入はリクさんたちに任せて、僕らはもっと他にすることを探しませんか?」
「……どういうこと?」
「僕たちにできることがあるはずです。リクさんも、今すぐ攻め込むわけではないですよね?」
「ああ」
いつ決行するか。クリストファーを無事救出するなら、もちろん早いほうがいい。だが俺たちも手に入れた力を自在に使いこなせるよう、時間が必要だ。
そしてアルハラの警備体制を考えた時、一番良いのは……。
「秋だな」
「秋祭りの大闘技大会!」
クリスタも思い至ったようだ。
アルハラでは毎年秋に、国を挙げての大きな祭りがある。農業国なので収穫祭は盛大に祝う。この時は他国からも多くの観光客が集まり、おそらく出入りもいつもより容易だろう。
そしてこの祭りの一番の出し物が、剣闘士たちによる大闘技大会なのだ。
アルハラの闘技大会は人対人ではなく、人対魔物で戦わせる。祭りを盛り上げるために、その日は特別巨大な魔物が選ばれ、奴隷である俺達剣闘士は、幾人も酷い傷を負ったり、命を失うこともあった。
思いがけないタイミングで急に暴れだす魔物に対処するため、この日ばかりはすべての剣闘士たちが武装して舞台の袖に待機している。そして見物客たちはそんなハプニングもまた楽しみにしていた。
「へえ。そんな祭りがあったのか」
「俺たちにとっちゃ、迷惑な祭りだったがな」
アルは別の組織で使われていたから、大闘技大会のことは知らないのか。
「この日は多くの者たちが会場の警備に向かうので、その他の場所の警備が手薄になるんです。さすがに人手が足りず。もっともそれは私が剣闘士になった時に初めて知ったのですが。その時、女たちは炊き出ししています。宿舎には出来上がった食事を運ぶ兵たちがひっきりなしに出入りしていました」
「好都合だ」
剣闘士たちには悪いが、一足先に人質を解放するにはちょうど良い。
そして人質が居なくなった剣闘士たちは、これまでよりはるかに制御しにくくなるはずだ。それが吉と出るか凶と出るか……。
「秋だ。秋までにこの力を使えるものにする」
「だったら」
シモンがカリンをみてにっこり笑った。
「だったら、僕たちは秋までに、僕たちのできることをしましょう。きっと忙しくなりますよ。カリンさんも、手伝ってくださいね」
◆◆◆
遺跡で俺が手に入れたのは指輪、アルがアンクレットでクリスタはピアス。
どれも素材は同じで、機能も似ている。
森の民の弱点を補うものだ。
俺達森の民は、体内に人族や魔族には比べ物にならないほど多くの魔力を蓄えている。しかしそれを外に出すことが苦手だ。ほとんどの魔力を体内で、身体強化に使うことしかできない。
遺跡で手に入れたアクセサリーは、俺たちの魔力を体の外に引き出し、魔法という形で使えるようにするものだった。
それぞれに制約はあるものの、使いようによっては大きな魔法を放つことができるようになるはずだ。
「さて、どこで特訓するかのう。北の荒れ地は……」
「無理だろうな。あそこは前回暴れ過ぎた。そのうえ今は調査が入っている」
「そんな時こそあそこでしょう!」
シモンが立ち上がって、きらきらと瞳を輝かせながら地下室を指さした。
そこにはリリアナが作った転移の魔法陣がある。
ひとつは崖の上に繋がり、ひとつは遺跡の湖のほとりに繋がっている。そしてもうひとつ!
「さあ行きましょう!ラビの待つ、あの島へ!」
シモンの言い方は、何だか感動的なセリフを言う舞台俳優のようだった。
しかし、遊びたいだけだろう。
「ええ、もちろん。先住民であるラビたちとのふれあいも重要です」
欲望を隠しもせずに言い切ったシモン。
そうだな。
時間はまだある。
俺達も少し肩の力を抜いて、準備をするか。
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