第74話 全員集合

 西の鳶の面々が依頼を終えて帰ってくるまでの間、俺たちは各々で分担した準備を進めていた。

 俺とアルは二人で組んで、ギルドの依頼を受けたり組手の練習をすることが多い。剣闘士奴隷をしていた時は、大型魔獣を相手に戦うことが多かったが、アルは対人戦が多かったらしく、俺とは戦い方が全く違う。短剣を両手にもって素早く回り込み、死角から切りかかってくるのはなかなかかわし難い。逆にアルにとっては俺の長剣からの重い一撃を受け止めるのは、慣れないらしい。体内魔力の流し方を変えないといけないから面倒だとブツブツぼやいていた。


 カリンとクリスタは、リリアナによる魔法の構築講座と体内魔力の流し方の訓練を主にしている。クリスタはアルハラで生まれ育ったために森の民独特の訓練は両親から少し教わっただけで、さほど出来ていない。ある程度の身体強化はできるが、部分的に視力や聴力を高めるのはまだまだ苦手なようだ。だがリリアナは魔力の流れを把握するのにけている。指導の成果が表れて、最近はクリスタも表情が明るい。

 もちろん、訓練ばかりではなく依頼も程よいものがあれば受ける。日帰りの魔物討伐などはちょうどよい練習になるし、金にもなる。そしてその合間に楽しそうに町へ出かけたりもしていた。クリスタにとっては、買い物をしたりブラルに住む人々の様子を見るのも珍しい体験のようだ。

 シモンは冒険者ギルドの仕事を受けつつ、使えそうな武器や防具を物色する。これもまた、趣味と実益を兼ねていて非常に楽しそうにみえる。遺跡攻略に仕えそうな武器や道具のほとんどは、シモンがどこからともなく見つけて来るものばかりだし。


 そうこうするうちに、西の鳶とレーヴィが合流すると、家はすっかり宿屋と化した。余裕があった空き部屋もほぼ埋まっている。一階の居間にも小さな木のテーブルと椅子が人数分、追加で置かれた。本当に宿屋の食堂か!

 レーヴィは変装を解いていて、今は若い女性の姿をしている。男装の時も真面目そうだったが、変装を解いてもその印象が変わらないのは面白いな。


「ガルガラアドでは大変お世話になりました。私も少しの間ですが滞在して、父の母や私に対する想いを聞くことができました」

「それは良かったな」


 ガルガラアドのドグラス将軍は、レーヴィに似て真面目そうな人物だ。恋に落ちて人族と子をなし、魔族と人族の関係にずっと悩んでいたのだろう。


「魔族は今、徐々にではありますが人族などへの偏見をやめて、外の世界へ目を向けようとしています。口下手な父も率先して人族との和解を進めようと。ただ……アルハラの刺客のせいでまだまだ人族への嫌悪感も根強いのです。けれども、私もこの外見を隠さずに、ハーフとして二つの種族の架け橋になれればと思うようになりました」

「そうじゃの。ここイデオンは雑多な種族が集まって暮らす国じゃ。レーヴィのようなハーフも、珍しくはあるが全くいないわけではない。ガルガラアドだけでなくここからも、少しずつ異種族間の交流が広がって行けばよいのう」

「ええ」

「そういえばレーヴィも魔法が得意であったか。では我々と一緒に魔法の訓練にいこうかの。北の荒れ地に良い場所を見つけたのじゃ」

「は、はい」


 ついでに西の鳶のヒューも連れて、魔法使いチームは楽しそうに出かけていった。

 残ったゾラ、レンカ、エリアスは俺たちとのんびり酒を酌み交わす。

 こうして連携を深めつつ数日を一緒に過ごした。そのうちに準備も整い、いよいよこれから、遺跡へと向かう。


 ◆◆◆


「もう一度念を押しておく。ここから先、見聞きしたことはすべて内緒にしてくれ。遺跡の場所も、そこへの道もだ。目的は遺跡の石のドラゴンを倒すこと」

「信用してもらってありがとよ。報酬は前渡しと聞いたが、今貰えるのか?」


 エリアスが聞いてきた。

 西の鳶はギルド所属の上級の冒険者だ。雇うにはそれなりの費用がかかる。


「今渡すさ。ギルドへの手数料は依頼した時にギルドに直接支払った。みんなへの報酬は金じゃなくて魔石だ」

「ああ、分かってる」

「これなんだが……。今、身に着けてほしい。遺跡に入るときに必要なんだ」


 手渡したのはリリアナ特製の魔石だ。それを身に着けやすいように、革紐で編み込み腕輪にしている。

 前にあの遺跡に入った時、魔力が吸われてカリンはかなり動きが鈍った。その対策がこの魔石だ。肌身に着けていれば失った魔力を補ってくれる。

 遺跡には、賢き獣が認めた者しか入れぬ。そう言われる理由の一つがこれだった。

 もちろん俺たちも全員、揃いの腕輪を身に着けている。


「キャー、可愛い!! キラキラだわ、これ!」

「これ……すごく高価なものじゃないのか?」


 ヒューが呟く。

 魔法使いには、手に取ってみただけでもその価値は分かるらしい。リリアナの魔石の内包している魔力量は、一般に流通しているものと比べると桁違いだ。


「これこれ!私、この青いの!」

「ゾラ、すこし落ち着けよ。なあリク、色の違いで効果は何かあるのか?」

「いや、多少使う魔法の属性に影響はあるらしいが、今回使う魔力回復の効果はどれも変わらないようだ」

「そっか。じゃあ俺、この赤いのを貰おうかな。ちょっと高価すぎる報酬だが、いわくありの依頼だしな。遠慮なくいただくぜ」

「では私は、これを」

「俺は残りか。ま、いいぜ」


 それぞれが選んだ腕輪を着けた。


「では行こう」

「この魔法陣の先は、森の民の集落跡じゃ。今は住民もおらぬゆえ、魔物がおることもある。心してな」

「ああ分かった」

「転移陣は前に行った時に野営に使った家の近くにある。最初に土地勘のあるアルに行ってもらってもいいか?」

「もちろんだ、任せとけ」


 土の下の転移陣に魔力を流すと、薄暗い洞窟の中で地面が淡く光を発する。アルがその場所に踏み込むと、一呼吸おいてその姿は消えた。


「ほう。本当にダンジョンの転移陣みてえだな。こんな所にそんなもんがあったのか」

「ああ。そこは詮索無しで頼む。次はエリアスだ、よろしくな」

「おうよ」


 西の鳶のメンバーが次々と姿を消し、次にレーヴィ、クリスタ、シモンが転移する。あっという間に洞窟の中に残っているのは、俺とリリアナとカリンの三人になった。


「転移陣は本当に便利だな。秋に護衛旅を請けた時は、イリーナの森までは、野営しながら何日もかかったんだが」

「そうよの。便利ではあるが、危険でもある。この転移陣は知られすぎたので、此度の試練が終わった後は破棄したほうが良いかものう」

「壊すのか」

「うむ。壊す方法もいくつかあるゆえ、リクのように大岩を乗せなくともよいのじゃ。ふふふ」


 リリアナが思い出し笑いをしているのは、一年前の出会った頃の事だろう。その時はリリアナはまだポチの姿のままで、喋ることができなかった。俺はガルガラアドからの追っ手を恐れて、崖の上の転移陣の上に大岩を乗せて壊したのだった。


「では次は私が行きます」


 カリンが輝いている地面に足を乗せた、その時。


「ここで何をしている!」


 洞窟の入口に巨体のシルエットが浮かんだ。

 その言葉が全部終わるより前に、カリンは姿を消す。だが転移したのを見られたかもしれん。


「答えろ!ここで何をしている?怪しいやつ……リリアナ?そしてリクか!」


 洞窟の中に入ってきたのは、しっかりと武装したヨルマ隊長だった。

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