第21話 救出

 狭い穴の中を、俺が最初に降りていき、すぐ後にリリアナがついてくる。

 一メートルほど、身体の向きを変えることすら難しいような隙間を斜めに降りていくと、少しだけ開けた空間に出た。そこからは、リリアナならギリギリ立って歩けるかもしれない。狭い横穴が、奥へと続いている。


「下についたぞ。リリアナ、大丈夫か?」

「問題ない」


 俺に答えて、すぐにスルスルと降りてきた。

 上から小隊長の声もする。


「おーい、大丈夫か?」

「ああ、二人とも下に降りた。これから少し奥へ行ってみるが、今のところ問題ない」


 足元に、奥から歩いて来た魔物が近寄ったので、ナイフで刺す。狭い中で動きにくいのは、お互い様らしい。赤黒く輝く硬質な羽に、白い点々模様の毒々しい甲虫は、魔物としては小さいが、羽を広げると一メートル近い大きさになる。この狭い洞窟内では到底飛ぶことなどできない。俺もまた、立って歩くことは難しく、這うようにして奥に進む。奥から現れる魔物のペースは変わらず、一、二匹ずつしか出てこないので倒すのに苦労もほとんどないし、奥に進みながら何度か戦えば、この体勢で倒すコツも掴んできた。


 この洞窟はダンジョンの大きな穴が崩落した時に、余波を受けて崩れたのだろう。所々に柔らかい土や尖った石ころが積み重なっている場所がある。

 二人して這って通らなければならない隙間を抜け、その向こうでは並んで立って歩けるような広い場所もある。

 耳を澄ませながら、注意深く前へと進めば、途切れ途切れに聞こえていたすすり泣きが、近くなってきた。


 そしてそのすぐ奥から、たくさんの虫が足で土をかきながら歩く音が、ガサガサと聞こえる。どうやらこの先で、ダンジョンのほうと合流しているのだろう。


 魔物の注意をひかないように、足音を潜めて、ゆっくりと、ゆっくりと。

 通り抜けた洞窟の先には、深くて広々とした空間があった。その中には、百匹以上の魔物たちが蠢き、そのほとんどはさらに奥にある割れ目を越えて、ダンジョンのほうの集団に合流している。そして時々、何匹かがこちらの隙間を目指して上がってきていた。


 今ここで戦って、下の集団の注意を引くわけにはいかない。息を殺してやり過ごしながら、辺りを見回すと、下の広間に向かう斜面のすぐそばに亀裂があった。その亀裂の中から、すすり泣く声が小さく聞こえてきているのだ。

 見上げれば、上には青い空が見える。この辺りは地盤が薄くなっていて、何か所か同時に崩落したのだろう。そしてたまたま、上にいた者がここに落ちてきた。


『シモン、聞こえるか?聞こえたら、ごく小さな声で返事をしろ。こっちはちゃんと聞こえるから』


 できるだけ小さな声で、亀裂に向かって囁きかける。

 泣き声の主はシモンだ。毎日のように言葉を交わしているので、間違いない。


「だ、誰かいるんですか」

『大きな声を出さなくても聞こえる。囁くように話せ』

『は、はい』

『動けるか?その穴から出られそうか?』

『……いえ、無理です。足が埋まってて……』


 一瞬だけ希望に輝いた声が、すぐに沈む。


『地面が急に崩れて落ちたんですが、一緒に落ちてきた土と石ころに埋まってしまっちゃって。上半身しか動かせないんです』

『そうか』

『少しずつ除けているので、もう少しだけ待っててもらえますか?』

『リク、私が行こう』

『リリアナ!』


 俺が行く!そう言いたかったが、どう見てもその亀裂の中に、俺は入れそうになかった。

 シモンが一体どうやってその中に入ったのか……。亀裂のなかの空洞に埋められた後で、地形が変わったのかもしれない。出てこれればいいが。


『私なら入れるからの。いいか、リク、服は燃やすでないぞ』


 そう言い残して、リリアナは姿を消した。服の中から現れたのは、ポチだ。

 身軽になったポチは、スルスルッと斜面を駆け下りて、亀裂の中に簡単に入り込んだ。


『ポチ!こんな所にどうして……』

『ぐええええ。きゅっ、きゅっ』


 驚いているシモンを横目に、ポチは瓦礫をかき分けて、シモンを掘り出そうとしている。

 ポチの姿の時は、魔法は使えるものの、威力は本来よりもずっと小さいらしく、魔力を足に纏わせて、ひたすら掘っていく。

 それを見て、泣きべそをかいていたシモンも、慌てて大きな石を除けていった。

 十分程で太ももまで土をのけることができた。

 しかし、その間にも魔物のうち少しだけは、こっちの方に向かって登って来ているのだ。

 そしてついに、その中の一匹が、亀裂の中の音に気付き、警戒の声をあげた。


「ギギギギギ」

「ギュギュギュ」

「ギギギ」


 耳障りな虫たちの出す音が、瞬く間に下の広間に広がった。


「ぐえええ、、ぐえええ」

「大丈夫だ、ポチ、お前は急いでシモンを掘り出せ。こっちは俺に任せな!」


 一匹一匹は大した強さもない虫型魔物だ。百匹いるなら、百回倒せばいいだけの事。

 少しはゆとりがある空間の中で、まずは飛べる魔物たちが声を出した俺に向かってきた。

 こちらの武器は、自分のナイフと此処に落としていったリリアナのナイフの二本。そして自分の身体!

 全力を出して戦うのは久しぶりだ。

 魔力を全身に、充分すぎるほど巡らせる。


「はっ!」

「ギギギギギ」


 キラービーの毒針を避けて、その羽をナイフで切り裂く。

 そしてその勢いのまま、二匹目、三匹目と切るっ!

 腕に巡らした魔力で、振りのスピードを上げて、ここに辿り着いた端から落としていけば、いつだって一対一のままだ。

 七匹目、八、九!

 キラービーをほぼ切り捨てた頃に、ようやく他の羽虫たちが追い付いてきた。幻惑の魔法を使う蝶型の魔物が厄介だ。そばには寄ってこないそいつには、足元の石を蹴り上げて狙う。一発。もう一発。くそっ、もう一度!よしっ、当たった!

 足元からは亀裂の方に向かってくる魔物たちがいる。羽虫たちの半数以上を落としてから、斜面を半分ほど駆け下りた。

 強化した目の端に、亀裂の中が少しだけみえる。シモンはもう少しで抜け出せそうだ。

 斜面の途中で踏ん張って、亀裂のそばまで上がってきた虫と、上から襲ってくる羽虫を片っ端から叩き切る。

 それ、三十五、三十六

 ……これで四十匹!


 地を這う虫たちは少しだけしか減ってないように見えるが、それは残った魔物が大きいからだろう。虫型……といえるのかどうかわからない、二メートル近く長さがあるムカデが十匹近く蠢いている。

 ところで、さっきから大きな音を立てて戦っているが、魔物の動きは想像と違う。全部の魔物が一気にこちらに来る訳ではなかった。

 奥の割れ目の向こう側、ダンジョンの方からこちらに入ってくる魔物もほとんどいない。逆にこちらからダンジョンの方に出ていく魔物の方が多いようだ。


「魔物の考えることは分かんねえな。ま、いいさ」


 俺は目の前の魔物を倒すだけだ。ついに這い上がってきた巨大なムカデの頭に、思いっきりナイフを刺す。

 そんな事では死にはしない頑丈なムカデが、大暴れして身体を振ってきた。

 っと、あぶねえあぶねえ。

 まだ死んではいないが、ここで暴れられるのは迷惑だ。ナイフを抜いてケリ落とす。


 そうしているうちに、ポチとシモンがいる亀裂にひびが入り、入り口の穴が少し広がった。中からポチが壊したようだ。そのままの勢いで、ポチは一気に上まで駆け上がる。

 シモンも顔や手足を派手に擦りむいているが、骨折はしなかったようだ。魔物を蹴散らしている俺の横を、自力で這い上がっていった。


「ぽ、ポチ?なんで……」


 上からシモンの声がする。


「ほほ。シモンがそんなに驚くとは、愉快よのう」

「リリアナさん……え、えええっ?」


 リリアナが変化したのが見えたのか……。

 俺も上へと上がる。


「遊んでねえで、いったん引き上げるぞ」

「それがよかろう。ほれ、シモン、立つのじゃ」

「ポチがリリアナさん……」


 呆然とするシモンを急かしながら、俺たちは速足で、来た道を引き返していった。

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