日常のあるいは非日常の
イリューシュの行方も気がかりだが、それはミルたちに任せて、翔一と津美零は駅前に来た。今日は同期の飲み会の日だったのだ。
同期たちと何日ぶりかの再会を果たし、湿布臭さを笑われて苦労話――フェイクを混ぜた――を披露して。でもなんとなく、身が入らない。
「どうしたん? こいつ」
問いに津美零は肩をすくめて、飲み会の幹事としての仕切りに移っていく。その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、翔一は高揚感に包まれていた。
俺が、この世界を護ってる。
正直なところ、怪人が現れる以外は世界が狭すぎて――なんせ戦闘は全てこの市内で行われているのだ――アレだが、秘密の戦士というのは厨二感をくすぐることおびただしい。
(そういや、写真撮ってSNSに上げてる奴、どーなったんだろ?)
あのあと気になってエゴサーチしてみたが、『コラだろこれ』とか『CG乙』とかのネガ気味の反応しか見つけられなかった。明日田やヴィッサリオからの報告もないし……
「えーそれでは、乾杯!」
「早っ!」
いつの間にか勝手に生ビールを注文されていて、しかも無意識にビールを片手に掲げていた。
「習慣って怖いな……」
「なあマルくんよ」
同期の男が話しかけてきた。やけに眼がギラギラしてるなと思ったら、なんでもやる課の噂を聞きつけてきたらしい。
「派遣社員でさ、ケバい子がいるんだろ?」
「ケバい?」
「そそ、髪の毛真っ青なんだって?」
かのお貴族様が聞いたら腰斬されそうだな、こいつ。
「そーだよー真っ赤っ赤もいるんだよー」
「菱さんもう酔ってる?!」
開始2分でもう明らかに眼が据わっているじゃないか。
「マルくん、だめだよ浮気しちゃ」
「いやいやこれがまたいいチチしてて――ってなに言わせんだよ」
つかなんだよ浮気って。そう訊いても誰も答えてくれず、同期の男どもから合コンをセッティングしろと要求されるはめになったとさ。
翌朝、翔一は痛む頭に悩みながら執務室に急いでいた。遅刻スレスレである。
「あー、痛み止め飲もうかな……」
あまり薬は飲みたくないが、職場で臥せっているわけにもいかない。幸い午前中は出動もないし、飲んで大人しくしていよう――
「そうですか、わたしはケバいのですか」
ミルの台詞が耳に入って、頭痛が増した翔一であった。
「菱さん、なんでバラすの……」
しかもそれ、君が言ったことだよね?
そう指摘したのに、なぜかキョトンとする津美零。
「あれ? あたし?」
「忘れてたのかよ……」
ひどいですと津美零の背中をポカポカ叩き始めたミルを――揺れるいろんなものを――眺めながら、あることに気が付いた。
「イリューシュは休み?」
「ええ、年休取るって寝室から声がしてましたので」
なるほどと応えながら水屋に行って痛み止めを飲む。ガリガリ噛んでから飲み込んでいたら、津美零にチョップされてしまった。
「こら、無茶な飲み方しないの」
「だってこのほうが速く効くし」
始業チャイムが鳴って、早速出て行く課長の背中と入れ替えに、作業着を上着代わりにした男性が入ってきた。
「おはようございます! トマツ商事です!」
その名乗りに、ヴィッサリオが反応した。湯呑を置いて離席すると、丁寧にお辞儀をしたのだ。
「オー! 待ってましたヨ!」
いそいそと近寄る老紳士にいぶかしげな視線を送るまでも無く、気づいてしまったのだよ。ミルも津美零も、眼を見開いて固まってしまっているのだから。
作業着の男性は、端的に言うなら高身長のイケメンだった。だがなんと言えばいいのだろう、甘いマスクなのに、どことなく精悍さが感じられる風貌なのだ。翔一と同い年くらいに見えるが、年恰好より落ち着いている。
彼が後ろを振り返って手招きすると、台車に乗せられて複合機が入室してきた。あらかじめ打ち合わせがしてあったのか、ちょうど空いていたスペースに早速据え付け作業が始まる。
「ああ、やっとプリンターが来たんすね……って」
そこで言いよどんだのは、明らかにヴィッサリオが『待ってましたヨ!』なのが複合機ではないことが一目瞭然だからだ。
そりゃあもうマッシグラに、この営業の人に向かってるんだぜ?
(やっぱ両方イケるクチなのか、この人……)
だが、老紳士の欲望は即断された。つと立ち上がったミルが、対顕獣人戦でも見せないような神速――いや魔速か、とにかく物凄い素早さで間合いを詰めると、父親のみぞおちに当て身を食らわせたのだ!
「まったくもう……あ、あの! すみませんでした!」
ミルに謝られても、まったく動じないイケメン。作業員たちはビビって手が止まっているというのに。
悲鳴すら上げることも許されずその場に崩れ折れたヴィッサリオを爽やかに無視して、作業は再開された。そこへ明日田がやってきて、
「遅かったか……」
「あ、どうも! 初めまして! 明日田社長さんですね?」
イケメンは胸ポケットから名刺入れを取り出すと、作法にのっとって名刺を差し出した。
「トマツ商事の鵜飼と申します! 今後ともよろしくお願いします!」
(物おじしない人だな……)
営業なんだから当然だと思うかもしれない。そうじゃないんだ。この課に配属されてまだ半月ほどだが、明日田に接触してプレッシャーを感じないヒトを見たことがないんだ。現に作業員2人は明らかに眼が怯えているんだから。
明日田の説明によると、この複合機は派遣会社名義なのだそうだ。納入が遅れた原因はと訊けば、この機種のフラッグシップモデルを特注したのだという。
「これは、すごくいい物ですから」
うっとりとした顔で複合機をゆっくりと撫で続ける派遣会社社長(年齢・種族不詳)。
(別の意味で怖ぇぇ……)
これにはさすがに引いたのか、鵜飼は作業員たちとさっさと帰って行った。
「事務用品でご入用のものがありましたら、お電話ください。即納しますから」
爽やかな笑顔とともに、そう言い残して。
彼らが去った空間に、吐息がふたつ。
「カッコよかったですね……」
「あんなイケメン、実在するんだ……」
「いくらなら買いマスカ?」
突如復活したヴィッサリオ。彼が手にしたスマホにはなんと、斜め下から隠し撮りした鵜飼が写っていた。
悶え始める津美零に「買えば?」と言ったら、
「いやでも、盗撮写真を公務員が仕事中に購入はちょっと……」
「確かにな。それにしても、菱さんが不倫属性持ちだとは思わなかったぜ」
「ふ、不倫?!」
「指輪してましたよ、あの方」
ミルさんもな。『あの方』だってよ。
帰宅して、今日の出来事をユンに話したら、すねられてしまった。
「なんで写真を買ってこないの!」
だってよ。
「お前なぁ、俺と同じくらいの男だぞ? 年上好きなのか? お前」
アジの開きを焼きながらからかい気味に訊いてみると、ぷいとほっぺたを膨らまして部屋に行ってしまった。
「マジかよ……」
14歳でオッサンが好みって、かなりヤバくね? 俺も気を付けないと、貞操の危機が……
サラダの調理に取りかかりながらちょっとだけ妄想に浸ろうとしたら、
「違うもん!」
突然、後頭部に打撃が来た。軽くだけど。
「うぉっ! い、いつの間に?」
「ふっふっふっ、元神様を舐めてはいけません」
ワープしてきたのかよ、こいつ。しかもステルス機能付き。
「あのな、不意打ちはまあいいけどよ」
「いいんだ」
「包丁握ってる時はやめてくれ。マジ危ないから」
「あ、そか、ごめん。気を付けます」
素直でよろしい。
「ユンはね、単純にイケメンってのが見たかっただけなの」
「んなもん、神界でゲップが出るくらい見てきてんじゃねぇのかよ。あ、そこの青い皿取って」
「はい。神様もね、いろいろいるんだよ。そもそも自分磨きをしない人たちだし」
「つまみ食いすんな。そんなもんかね」
大皿にサラダを盛って、翔一は妹に声を掛けた。
「そろそろ焼けたかな。ちょっとひっくり返してよ」
「えー無理」
「なんでだよ? まさか、お魚の眼が怖~いとか言うんじゃないだろうな?」
ふるふると首を振って、元神様はとんでもないことを言い出した。
「あの機械、重そうなんだもん」
「……いや、ガスコンロごと引っくり返せなんて言ってないんだが」
「えーなんで?」
妙なところで常識が無い妹に説明しながらアジを引っくり返して――お約束の「キャーサカナキモーイ」も聞いて――晩ご飯の準備を進めていると、翔一の携帯が鳴った。
「んー、誰から? 見て」
「はーい……イリューシュちゃんからだよ?」
「悪い、出て」
「んー、もしもーしユンです――あ、うん――分かった」
切れた携帯をテーブルに置いて、ユンは首を傾げた。
「話したいことがあるから、朝、お兄ちゃんと一緒に職場に来てくれって」
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