第16話 雪村希2

 放課後。いつものように、春輝と美来と一緒に教室を出る。帰ったら何しようかなーなんて考えながら廊下を歩いていると、一人の女子と目が合った。


 雪村さんだ。


 俺と目が合うなり、可愛いらしい笑顔を向けるのだが、その奥にはドス黒い何かが隠れているような感じしかしない。


 まさに蛇に睨まれた蛙。目を逸らすこともできず固まってしまう。それでも笑顔を絶やさない雪村さん。あれは、話しかけろと訴えている……気がする。


「あ、お昼の時はどうもです」


 引きつった笑顔で軽く頭を下げると、雪村さんは駆け寄ってきた。


「あ、いえいえ、気付けて良かったです!」


 そう言って体を少し傾けながら、後ろで手を組む雪村さん。その姿は非常に可愛らしいはずなのだが、裏というか何かがチラついている気しかしない。


 と、顔を強張らせていると、雪村さんは何かを思い出したかのように、ハッと息を飲んで口元に手を当てた。


「あっ! 自己紹介がまだでしたね! 私ぃ、雪村希って言います。よろしくお願いしますね?」


「お、俺は桐崎冬馬。その……よろしく」


 なぜか言葉が詰まる。すると雪村さんは、美来と春輝を交互に見て、眉尻を下げる。分かりやすいくらいに、疑問を浮かべた顔だ。するとそれを察したのか、春輝が自己紹介をする。


「俺は七瀬春輝。よろしく」


 すると、また違う意味で何かを察したのか、美来が怪しむような目をしながら自己紹介をする。


「私は浅宮美来。で、冬馬は何やらかしたの?」


 そう言ってこっちを睨む美来。俺がやらかした前提とは、これいかに。


「いや、落し物拾ってもらった」


「ふーん。それは良かったね」


 そう言って美来は目線を雪村さんに戻す。すると、雪村さんは、眉を引きつらせた。そして軽く頭を下げる。


「っと、今日は失礼しますね! それでは! あっ、またお喋りしてくださいね?」


 そう言って最後に軽いウインクを飛ばすと、走り去っていった。


 いったい何がしたかったのだ? と、その後ろ姿を眺めていると、美来が顎に手を添えて意味有りげな口調で話しだす。


「あの子、相当な猫被りよ」


「だろうね」


 そう言って相槌を打つと、美来が目を見開いてこっちを見てきた。


「えぇっ?! 冬馬、分かるの?!」


「何だよそれ」


 まあ好感度が見えてなかったら見抜けなかったかも知れないけど……。


「いやぁ、冬馬は、コロっと騙されそうかなーって」


「ふんっ! そんなことないやい!」


 ちょっと拗ねた言い方をしてみる。すると、春輝が小さく笑った。それを見た美来が今度は春輝に口撃をしかける。


「春輝は、ああいうのに騙されないよね?」


「ん? まあ。というか美来、嫌いすぎだろ」


「なーんか本能的に嫌なのよね。ああいう裏がありそうな子」


「ははは。まあ、美来は逆に裏表がないからな」


「ちょっと、それ何よ!」


「い、いや! 変な意味じゃない!」


 さすがの春輝も美来には敵わないようだ。美来が目を薄めると、春輝は口角を引きつらせて、早く帰ろうと急かしてきた。


 そしてその次の日の朝。下駄箱で靴を脱いでいると、声をかけられた。


「おっはよ!」


「えっ?! お、おはよ」


 顔を横に向ければ、至近距離に雪村さんの顔が。昨日と変わらず可愛らしい笑顔だ。


「あれ? 七瀬くんと浅宮さんは一緒じゃないんだ」


「あー、今日はあの二人、早く来てるんだ」


 と答えたはいいけど、雪村さん俺達がいつも一緒にいるの知っているんだな。


「そうなんだぁ。ふーん、それじゃね!」


 そう言って雪村さんは階段の方に歩いていった。いったい何が目的なんだ? 疑問を浮かべ、腕を組んでいると後ろから声をかけられた。


「桐崎くん、おはよ」


「ん? お、おはよ!」


 振り返れば柔らかな表情の九条さんが。雪村さんの後だと、やっぱり九条さんは落ち着くなー。と、考えていると九条さんは眉尻を下げる。


「桐崎くん、雪村さんと知り合いだったんだね」


「え? いやぁ知り合いというか、なんというか」


 九条さん、雪村さんのこと知ってるんだ。まあ同じ四天王だし、名前くらい知っててもおかしくないか。


 で、何かちょっとテンション低くない?


「そ、それよりさ! 遠足の日だけど予報だと晴れだって!」


「そうなんだ、良かった!」


 そう言って笑ってくれる九条さん。その笑顔を見るだけで、胸の奥が熱くなってくる。そして、にやけそうになる。


 それから九条さんと一緒に、一年生の教室がある四階まで歩いた。


 階段を上る途中、まともに会話ができなかった。それでも目が合えば笑みを見せてくれる九条さんに、俺も思わず照れ笑いをしてしまう。


 ずっとこれが続けばな。そんな思いを胸に、自分の教室前で九条さんと分かれた。教室に入れば美来と春輝が軽く手を挙げる。


「よ、冬馬」

「あっ、冬馬。ちょっとこっち来てよ」


 美来が激しく手招きするので、駆け足をする。二人の元に行くと、美来が小声で話し始めた。


「もう、本当どういうこと? あの雪村さんって子、わざわざ朝の挨拶に来たんだけど!」


「どういうことって言われてもな……。知らないよ」


「はあ……。本当調子狂うわ。なんかやたらと褒めてくるというか、上げてくるというか。それでこっちが何か言うと『えぇ〜そんなことないよぉ〜』とか言っちゃって。マジ疲れる」


 美来がゲッソリとした顔をしている。明らかに苦手そうだしな、そういうの。


 それからいつも通りの一日が始まる……と思っていた。なんと、雪村さん。授業間の休憩や、移動教室に向かう途中、廊下ですれ違う度に挨拶をしてくるのだ。


 その度に俺と美来は口角を引きつらせていた。春輝はいつも通りの爽やかスマイル。


 そしてやってきた昼休憩。美来は俺の元に来るなり、俺の机を思いっきり叩く。


「あーっ! 本当調子狂う! 何がしたいのよぉーっ!」


 そんな美来を見て春輝が苦笑いを一つ。


「気にしすぎだろ。あれで裏表ないかもしれんだろ?」


「あのね、その時点で春輝も騙されてるから!」


「ははは……」


 もう春輝でさえ美来を止められなさそうだな。俺はすり足でその場を抜け出し、廊下に出た。


 購買に着けば、本日も多くの人で賑わっていた。さてさて、どの列に並ぼうかな? なんて考えていると、パンと財布と紙パックジュースを、抱えるようにして持っている雪村さんを発見した。


 幸いにも、まだこちらには気付いていない様子。さて、どうしようかな? なんて考えたその時だった。


 横に三人並んでる女子のうちの一人と、雪村さんの肩がぶつかった。当たりどころが悪かったのか、雪村さんは手に持った物を落としてしまった。


 あれ、ワザと臭いな。偶然ぶつかった強さじゃない。


 雪村さんが少し後ろによろめくと、ぶつかった女子は「ごめ〜ん」と言ってどっかに行ってしまった。


 そんな女子のことを、気にすることなくしゃがみ込む雪村さん。俺は思わず駆け寄ってしまった。


「大丈夫?」


「あ! 桐崎くんじゃないですか! やっほ!」


 そう言って歯を見せて笑う雪村さん。何というか、どの笑顔も演技臭いというか。


 しゃがんで雪村さんが落とした紙パックのジュースを拾うと、どこかが破けてしまっているのか中身が垂れている。


「その……災難だったね」


 そう言って立ち上がると、雪村さんは目線を落とす。そして、どこか悲しそうな表情を浮かべた。


「いいんです。割とよくあることなので」


「そっか……」


 こういう時、どんな言葉をかければいいのか。返す言葉に悩んでいると、立ち上がった雪村さんが再び笑顔になって続ける。


「ほらぁ、私ってぇ、可愛いじゃないですか? だから嫉妬も多いみたいな?」


「じ、自分で言っちゃうんだ……」


 口角を引きつらせながら突っ込むと、雪村さんは頬を膨らませる。


「そりゃ自覚あるもん。でもさぁ、なんで桐崎くんは、デレてくないのかなー?」


「いや、そりゃあね……」


 好感度マイナス100と知って、デレデレしてしまう方がおかしいのだが、まあそれは雪村さんの知らないことだ。


「その……雪村さんさ、俺のこと……なんていうか嫌でしょ?」


 そう言うと雪村さんは目を見開く。演技っぽいものではなく本当に驚いている。


「えぇっ?! バレてた?! んー、まあ嫌いとかいうより、邪魔かな?」


「ぐっ……。そんなハッキリ言わなくても……」


 胸に突き刺さるものがある。物理的に何も刺さっていないはずなのに、胸を押さえてしまう。すると、雪村さんは笑った。


「あはは。でも、すごいね。私の計算だと、デレデレになって、いい感じに仕えてもらう予定だったのに」


 何この子。本当恐ろしい。好感度が見えてて良かったって初めて思えたよ。悪い意味で。


「で、結局何が目的だったの?」


「それは勿論、七瀬くんに近づくためだけど何か?」


「いや、そんな喧嘩腰に言われても……」


「じゃあ私にもデレデレしなさいよ。九条さんみたいに」


 そう言って眉を吊り上げる雪村さん。


「えっ?! く、九条さん? いやだって九条さんは俺のこと嫌ってないしなぁ……」


 呆れながらそう言うと、雪村さんはプッと小馬鹿にするように笑ってきた。


「なにそれ。自惚れすぎ。九条さんだって、七瀬くん目当てで桐崎くんに近寄ってきたんじゃないの?」


「い、いや、そんなこと……」


 どうなんだろう……。春輝目当てで俺のとこに来る。これも昔からちょこちょこあったことだ。


 もし、九条さんがそうだったら……。辛いな……。でも、よくよく考えたらそれが一番正当性があるような気がする。


 四天王と呼ばれるような可愛い子と、都合よく仲良くなれるなんて、最初からおかしかな話だったんだよ。


 でも……いいんだ。例えそうでも、九条さんは、俺と仲良くしてくれる。好感度100。仕方なく俺と仲良くしてるわけじゃないんだ。それがどんだけありがたいことか。


 と、心の整理も終わり顔を上げる。そして雪村さんの顔を見る。


「例えそうだったとしても、俺は構わないよ」


「ふーん。ちゃんと割り切ってるんだぁ。それじゃあ、私にも協力してよ」


「え? 協力って言われてもなぁ……」


「別に仲良いフリしてくれれば良いよ。顔、引きつらせるの禁止!」


「はぁ……」


 少し面倒くさそうなため息をつくと、雪村さんは「それじゃあ、よろしく!」と言って階段を上っていった。

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