第28話 泥ヌチャ!マッスルカーニバルⅢ
ユクゾ ショウブダ
ヨイダロウ
ピクピクと互いに大胸筋を振るわせモースル信号を送り合う天馬とオク。二匹の雄と雄は30mという距離をあけ対峙しあう。それが合図となったのだろう。人々の争乱によってぐちょぐちょにかき乱された泥の上を二つの筋肉は駆けていく。そこに言葉等いらなかった。
なぜここにオクが居るのか
なぜ異世界でモールス信号が通じるのか
そもそも筋肉でモールス信号ってなんだよ
そんな事は筋肉の前には些末な出来事なのである。ほんの少しの焦燥と共にぶつかり合う二人。暴走トラックを思わせる様な衝突音は呆然と泣きわめくギャラリーの間へ響き渡った。互いに組み合い、にらみ合う。次の一手はどうくるか、物好きな観客の1人が息を飲んだ。
先に仕掛けたのは天馬だった
上腕二頭筋を掲げてそのままオクめがけて振り下ろす。振りかざした拳はそのままオクの胸元へと吸い込まれるように降り注いだ。渾身の力を込めた天馬の打撃がオクの乳首めがけて飛んでいく。天馬の拳がオクの乳首に触れた途端、天馬は絶句した。
それは異質だった
乳首と呼ぶには余りにも 堅かったのだ
乳首という全ての人類が持つウィークポイント。万民の弱点がこの異種族には通じなかったのだ。それはボディビルダーを営む天馬にとって驚天動地にも等しい衝撃であった。信じがたい事実であった。そのあまりの恐ろしさに自身の膝が震えるのを止められなかった。
乳首とは人体の急所では無かったのか!?
自身の常識が音を立てて崩れ去っていく。なおも執拗に乳首めがけて拳をふるう天馬。しかしかの強靭の一手もオクの乳首の前には意味をなさないらしい。降り注ぐ暴虐の嵐にも圧倒されぬ至上の防御力。天馬の肉体がキャッスルマッスルならばオクの乳房はチクビキングダムと呼ぶに相応しい代物だろう。
この化け物に勝てるのか?
天馬の心は折られかけていた。そんな焦燥にかられる天馬に対してオクは追撃の一手を仕掛けて来た。肉体をふるわせ泥道を駆けていくその様は戦車のように雄々しい。彼のたくましい上腕二頭筋が天馬の頸椎に対して執拗に絡み付いた。
アームロックである
それ以上いけない、と思わず声をかけたくなる様な技。堪らず苦悶の声をあげる天馬。しかしオクは容赦などしなかった。全身全霊の力を茶色の肉体に込めてアームロックをしかけている。乳首ショックともいうべき衝撃的事件から未だ立ち直れぬ天馬。彼はこのまま負けてしまうのだろうか…
「…こんなのものか」
「なん…だと」
「お前の力は本当にこんな物なのか?」
「っ!」
欠片も力を落とさずに、自身が絡み付くマッスルにオクは問いかけた。その言葉に天馬ははっと驚いた顔をする。敵に塩を送る様な行為、しかしオクは天馬を侮っていた訳ではない。なぜならオクは知っているからだ。この漢がこの程度で値を上げる訳が無いと。
「ぬぉおおおおおおお」
天馬は折れかけた精神に再び火を灯す。決意の灯火は猛火となってマッチョを勇気づけたのだ!拮抗するパワーとパワー、二つの筋肉は互いに火花を散らせあう。豪腕に対して剛力で答えるのか?そんな疑問に対して天馬は脱力を持って答えた。突如天馬の肉体から力が抜けた
「っ!?」
「力を入れるだけが筋肉ではないのさ」
尋常でない力を込め合っていた二つの筋肉。そこから片方が力を抜くとどうなるのか?端的に言うと相手に動揺を与える事ができるのである。それはまるで手押し相撲で絡み合う中、突如打撃をすかされる感覚に近いだろう。すると相手は堪らずにバランスを崩してしまう。
「礼を言うぞ友よ」
「テン…マ」
「君のおかげでまた一つ学べた」
その隙を逃す天馬ではない。彼はその勢いのままにオクの膝下へとしゃがむと彼の股間へと腕を回した。勢いそのままにオクの身体を持ち上げる天馬。体重160kgという物体がひっくり返るというあまりの出来事。堪らず目を見開いて驚愕する村人をよそに天馬はそのままプロレス技へと移行する。
スクープ・サーモン
別名パワースラムが炸裂した
オークという種族が力を示すのならば天馬は柔をもって筋肉を支配したのだ。獣欲は業を征す…いいや違った、柔よく剛を制すとはよく言った物である。オクが泥にまみれる音と共にそのまま祭りは終焉を告げた。それは一つの村の祭典がマッスルカーニバルへと変わった歴史的な出来事であった。
天馬はこの日乳首とは必ずしも万民のウィークポイントではないという園児でも知りうるごく当然の事実を学んだのであった。
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