第24話 筋肉と微少女 大胸筋と貧乳
「はは…あはっ」
1人の少女が泣き崩れている。彼女は褐色の肌を振るわせながら酒屋の店内でうなだれていた。周囲に転がる木製食器と血だらけの男達。そんな中に1人膝を付いて涙を流している少女。まるで今まさに彼氏にフラれた女の様な出で立ちである。
「あひゃっ…あはは…」
それなりの美少女、いいや胸が小さいから微少女だろう。そんな彼女は泣きながら笑っていた。人間とは恐怖や怒りが沸点を超えると笑う他なくなる生物らしい、彼女は人間ではなく魔族だが。
「あはははははははははははは」
先ほど迄【ラマ・ソルダド】という異名について酔いながらも楽しげに語っていた男達の体を蹴りながらセディは感情を爆発させていた。
最早自分の汚名がどうしようもなく広まっていたのだ。
それはもうどうしようもなく手遅れな程に。
無慈悲な事実が1人の微少女を傷つけていた。それまで己が血と汗と返り血で築いて来た異名が汚されたのだ。それはこの上ない恥辱だった。最早己の二つ名は茶色い汚物に成り果てた。
まるで受験当日、目の前で電車を逃した高校生の用な表情でうなだれるセディ。彼女の眼光からは一切の光沢が失われていた。首をむしられた蝉のように、吐き捨てられたドブの如く濁りきった瞳。セミロングの赤髪をかきむしり、泣き笑いしながら男の股間を執拗に蹴り続ける貧乳褐色少女というこの世の地獄のような光景がそこにはあった。
殺す
容赦なく、一切の慈悲もなくねじり潰してやる
彼女は堅く決意していた。己に恥辱を与えたかの屑野郎に復讐を誓ったのだ。発達していない胸を張りながら彼女は堅い表情と共に前をみすえた。もう迷いはなかった。
先ほど迄会話していた男を店床に投げ捨てるとそのまま周囲のどん引きする民衆をよそに彼女は店を出て行く。セディはそのまま近くの湖畔へと向かっていった。無論、己の返り血を拭き取る為である。その判断は偶然だろう。
「おや、どうかしたのかなお嬢さん」
それは一つの筋肉だった。いいや違う、1人の男だった。身長2m近い、発達した大胸筋と優越的な大腿四頭筋を持つマッチョがそこにはいた。ムチムチとした臀部とパツパツと張った下着を着用していたゴリラがそこにはあった。
当然無視をしようとしたサディ。しかしその行く手を遮り尚も話しかけるマッチョ。彼は己のハムストリングスをプルプルと振るわせながらにっこりと笑いかけた。
「君の衣服に付いている…その血はどうかしたのかい?」
瞬間彼女は殺気を放ち始める。その男の白々しい態度に吐き気を催したのだ。どうせ魔族と分かっているのだろうにわざわざ話しかけてきたのだ。目的は自身の懸賞金か、それとも先ほどの人間の雄達の復讐に来たのかもしれない。セディは警戒心を強めマッチョに対してゴミ屑をみるような蔑んだ目で見た。そんな微少女の鋭い眼孔に対して男はそっと微笑みかけた。
「怪我をしたようだね」
「は?」
「どうか私に治療をさせてはくれないか」
瞬間、ぽかんとほうける彼女。まるで意味が分からないと呆然とする彼女の頭にマッチョはそっと手をかけた。魔族の典型的な特徴である赤髪を、そこらの人間の児童と同じように優しくなでる天馬。
「怪我をした子供を放っては置けないからね」
怒りよりも先に困惑していた。人間の天敵である魔族。赤髪を見ただけで人類は震えあがるものだ。これまで石や罵倒を投げつけられる事はあったが、まさか怪我の心配をされるとは夢にも思わなかった。こんな事この世界の人間ならば常識だというのに。
随分とお人好しなやつだとセディは嘆息した。そもそも彼女が血だらけで歩いていた所であぁまた誰かを嬲り殺してきたんだなとしか思われないだろう。彼女を産んだ実の母親ですら「今日は何人ヤッて来たの?」と問いただす程だというのに、この男は…
「あんたは…」
「ん?」
「いいや、別に何も」
そっぽを向くセディ。顔を無愛想に歪めながら、けれども男のぶっきらぼうな手つきを拒否できないでいる彼女。そんなセディに対して天馬は穏やかに問いかけた。血だらけの衣服を着ているのだ。何か苛めか、それ以上の暴力事件に巻き込まれたのかもしれない。彼女を傷つけた誰かに対して憤りを覚える天馬。この少女こそが、暴力事件を起こして来た当事者である等とは露にも思えなかったのも無理はないだろう。
「何かもめ事でもあったのかい?」
「……」
「困り事があるなら私が力になろう」
「…別にたいした事じゃない」
「だが…」
「ただ殺したい程憎い人間がいるだけだ」
「…それは穏やかではないな」
「だが絶対にあいつだけだは許せない。あんな屈辱は…っ!」
ふむとあごに手をかける天馬。ほんの少しの思案、と自答。筋肉を振るわせながら己の脳内で思考を続けた天馬。彼はパツパツのブーメランパンツに手をかけるとにっこりと少女に微笑みかけた。
「ならば思い切り暴れて来なさい」
「っ!」
「君が屈辱を受けたと思うのなら、その怒りの分だけ暴れて…好きなだけ発散するべきだ」
「いいのかよ…?」
「子供にはそれをする権利がある。そして大人にはそれを受け止める義務が有る」
「っ!」
好きなだけ暴れてこい、ほんのひと欠片でも彼女の事を知っている存在ならばローリングソバットを駆けてでも全力で止めようとするだろう選択をしてしまう筋肉。天馬からすれば子供が暴れる、とは物を投げつけるだとかちょっとした癇癪をぶつける程度に考えていたのだろう。まさか目前の微少女が北極グマと虎とライオンとジェットエンジンを掛け合わせた合成キメラ並の戦闘力を有している等とは思えなかったに違いない。
「あんたは…」
「辛かったんだね…私も微力ながら君の事を応援しよう」
ほんの少し、涙ぐむセディ。この世に生を受けて376年、涙を流したのは何時以来だろう。歩く暴力だの貧乳だの災厄だの歩くまな板だのと罵倒を受けて来た彼女に取って彼の何気ない一言に救われたのだ。
涙を流す少女を優しく慰める天馬。まさか今己の手の下にいる少女がやろうと思えばほんの数日で国一つ潰せるような一級指定危険魔族で有る等とはおもわない。そんな彼女に殺人許可証を与えてしまったなどとはそれ以上に思わない。
涙を流す少女
それを慰める筋肉
本当に泣きたいのは周囲の人間であろう、そんな情景がそこにあった。
「あんがとな、あんたのおかげでちょっと元気がでたよ」
「天馬だ」
「え?」
「鳳凰院天馬、それが私の名前だよ」
「テンマ…か、俺の名前はセディだ」
「気軽にマッスルアルケミストと呼んでほしい」
「分かったよテンマ。またどこかでな」
涙を拭きながら少女は優しく微笑む。
実の姉がいやお前誰だよと問いたくなる様な、そんな無邪気な笑顔
笑いながら彼女は漢に別れを告げる。
ほんの少しだけ穏やかな気分になれた
胸を張って前を歩き出す彼女。まさかあの褐色筋肉達磨が件の当事者である等とは想いも寄らない。この不幸なすれ違いは喜劇でもあり悲劇でもあるだろう。その悲劇は彼女にとってかその暴力をこの後に振るわれる、集落の人間に対してかそれは定かではない。
唯一確かな事は、セディの胸は相変わらず貧乳だという事実だけだろう
きっとそうに違いない。
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