第55目 憎まれるためにここに来た

 魚井は、抱き抱えていた廻転人を、優しく祭壇へと横たえた。

 なぜこんなところに来たのか、自分でもわからなかった。

 神にでも祈りたかったのかもしれない。


 私は、なにをしているのだろうか。

 私は、どうしてしまったのだろうか。

 私は、どうかしてしまったのだろうか。

 私は、私とは、何者なのだろうか。


 廻を見ていると、これまでにあったことが頭の中に流れこんでくる。

 『負け犬DOG』が『堅幸ROCK』に勝ったという噂を聞いて、私は廻と闘った。

 その結果は、すべて白主様にご報告した。


 すべては白主様のため。


 廻を白主様のもとへと誘うため、浮梨を遠ざけ、願石の目を盗み、廻の妹の姿をして彼を惑わした。

 その結果、私の身体を通して、白主様は廻とダイスをまじえられた。


 すべては白主様のため。


 廻と玉子の闘いを首絞役員として見守り、ふたりの実力を確認した。

 その結果を、すべて白主様にご報告した。


 すべては白主様のため。


 そこまでは、確かに私は、白主様のために動いていた。

 私は、白主様のために、生きていた。

 私は、白主様の、ものだ……。


 そうである――はずなのに。


 廻と妹会長を大会に参加させるため、ダイス『WING』を彼らに渡した。

 そこまではいい。


 私は、なぜ自ら大会に参加したのだろう。

 私は、なぜ彼らとの闘いの最中、なにも見えなくなったのだろう。

 私は、あのとき、なにをしたのだろう。


 気がつけば私は白主様の前にいて、隣で廻が眠っていた。


「あなたはよくやってくれました。彼ひとりというのは残念ではありますが、彼だけでも問題はありません」


 白主様は、私を褒めてくれた。

 だから私は、感謝の言葉を返そうとして、口を開いた。

 だが、実際に口をついて出てきたのは、


「お待ちください」


 そんな言葉だった。


「――こいつを使えば、“もうひとり”も誘い出せるかと思います。それからでも遅くはないかと」


 私は白主様に、初めて意見したのだ。

 白主様は、その申し出を受けて、私に廻のことをまかせて、パートナーを誘いだすように命じた。


 私は、なぜそんな意見を言ったのだろう。

 私は、なぜ白主様の行いを妨げるようなことをしたのだろう。


 これではまるで、


――どうしてそんなことを。


 思えば、廻と妹会長の闘いを見たときから、なにかがおかしくなったんだ。

 春叶玉子に違和感を覚えたときから、これは始まったんだ。

 私は――もしかしたらずっと昔から、彼らのことを知っていたのかもしれない。

 ずっとずっと昔から。

 そんな予感がつきない。

 胸騒ぎがおさまらない。


「そんなに廻さんを見つめて、どうしたの?」


 春叶浮梨の声がした。

 浮梨は礼拝堂の入り口から、祭壇に向かって歩いてきていた。


 石造いしづくりをした柱や装飾そうしょくほどこされた壁、天を突き抜けるように高い天井や最奥さいおうの祭壇を見守るように作られた像の群れ。

 最上階の白主の玉座とはまた違った空気が、あたりを包みこんでいた。


 魚井は、祭壇から離れて、浮梨のほうへと歩いていく。

 そしてふたりは、示し合わせたように、同時にとまった。

 お互いがお互いを認めるように、目を合わせる。


「春叶浮梨。お前には用がない。廻を連れ戻したいのなら、妹を連れてこい」


「残念ね。私のほうは、あなたに用があるのよ。魚井近さん、それとも、喝采二王と呼んだほうがいいかしら」


 魚井は、自分がしっかりと“魚井”であることを確認する。

 大丈夫だ、“変身”は解けていない。

 ではなぜ彼女は、私を二王などと呼ぶ……?


――二王?


――二王とは……誰だ……?


「見ない間にずいぶんと変わったものね。顔にも身体にも、そんな毒々しい模様なんてなかったのに、……それ似合ってないわよ。せっかく綺麗な肌してるんだから、かしかたは考えないと」


 浮梨は、場違いな言葉を、場違いな軽い口調で投げかけた。


「――うるさい。お前にそんなことを言われたくはない」


 敵であるお前なんかに。

 魚井は、それだけは揺るがないとでも言いたげに、そうつけ加えた。

 浮梨とは正反対に、深刻に、苦々しげな顔をする。


「それは――そのとおりね。私もあなたと同じ、本当の自分を隠している身だし、それに……あなたから恨まれてしかるべき人間なのだから」


 浮梨は自分の姿を見回し、制服をつかみ、自身のほほに手を当てる。

 ともすれば、かわいい仕草にも見えてしまうそれを、臆面もなくやってのける。

 それほどの余裕が、今の浮梨にはあるということだった。

 余裕というよりも、覚悟といったほうがいいのかもしれない。


 浮梨は、魚井を見つめる。

 慈愛と懺悔と闘志を乗せた目で、その目を射抜く。


「私は、あなたに憎まれるためにここに来たのよ。廻さんを連れ戻し、私の妹を救い出す。喝采二王、私とダイスダウンをしてもらうわ」


 突き出された浮梨の手には、彼女のダイス『ATM』があった。


「お前に命令される覚えはない!」


 魚井は浮梨の目から逃げるように、乱暴に頭をふる。

 それでも、お前が敵であることには変わりはないという意志を持って、負けじと強くにらみ返す。


「そんなに――そんなにあたしに倒されたいんなら、お前の望みどおりに、その勝負、受けてやるよ」


 魚井も自身のダイスを、浮梨へと突き返す。


「そうこなくちゃね」


「容赦しねぇぞ」


「望むところよ」


 ふたりは示し合わせることなく、互いの空気を感じとり、闘いの始まりを宣言した。


「「ダイスダウン!」」

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