第52目 ありがとう、ふたりとも

 転人たちの身に起こったことは、またたく間に人々の間に広まっていった。


 その内容は、おおむね「錯乱さくらんした生徒が対戦相手のひとりを襲おうとしたが、取り押さえられたために事なきをえた」という、曖昧かつ誤ったものだったため、ことの重大さまでは露見ろけんしていなかった。


 ただ中には「喝采家がかかわっている」だとか「この大会自体がそれのための陰謀いんぼうだった」などと、まことしやかにささやくやからもいたが、そういう輩はいつの間にか静かに消えていった。


 そんな噂の数々は、転人と親交の深い人間にももちろん届いていた。


「笊籬さんと組んでいたのが、喝采二王だったということですね」


 浮梨と紙芸、それに願石は、審判や大会運営委員からより詳しい情報を聞き出していた。


「そういう証言もある、ということだ。他にも『ダイス教信徒が錯乱した』だの『一ノ目の首絞役員の下克上げこくじょう』だの様々だ。

 そういう発言が出てしまうのも致し方ない状況なのだろう。なにせ事件が発生したダイスダウンは、あの笊籬が出ていたのだからな。奴のダイスは特殊であるからして、そのあとの言動や行動が真実であるかどうか、信用に足るかどうかは慎重にならざるをえん」


「そうかもしれないけれど……」


「浮梨は、なにか心当たりがあるの?」


 言いよどむ浮梨の顔からは、なにかに対する確かな思いが、はっきりと見て取れた。


「ええ、……彼女は、確かに喝采二王だったんだと思う。どういう意図で、どういう経緯でこうなったのかはわからないけれど、すべては白主につながっている。こうなってしまった今、二王と廻さんは、おそらく白主のもとにいるのでしょう」


「それならば、すぐにでもNOQSに向かわねばなりません」


「そうしたいところだけど……」


 浮梨は、あたりを見回す。

 慌ただしい人の流れが、ときには急流となり渦となり、波打っていた。

 浮梨もその人波に混ざり、今後の大会運営についての怒涛どとうの会議に身をおくことになりそうだった。

 初めて、一ノ目高校の生徒会長であることをうらめしく思う。


「まったくひどい顔ね。浮梨の過去になにがあったのかは知らないけれど、あなたのことは知ってるわ。だから――」


 とん、と紙芸は、浮梨の背中を軽く叩いた。

 続けて、願石が言う。


「私たちもお供したいところなのだが、これからもっと忙しくなりそうなのでな。ひとりを送り出すのははなはだ不本意ではあるのだが、人員は適材てきざい適所てきしょに配置すべきだろう」


「そういうことだから安心なさい。ただし、請求はきっちりするからそのつもりで」


 ふたりの言葉は、精神的にも浮梨をあと押ししていた。


「――ありがとう、ふたりとも」


 浮梨は、押されるがままに、一歩を踏み出していた。

 ふたりに見送られながら、NOQSへと向かう。


「ひとりで行かせてよかったのか?」


「仕方ないじゃない、浮梨がそう望むんだから」


「そうか、……ならばここは信じるしかないのだろう。どちらにしても、私たちには選択肢がなかったのかもしれぬがな」


「どういうことよ」


「生徒会長が残していった雑務ざつむというのがな、どう考えてもひとりでこなせる量ではないのだ」


「……まったく、これだから浮梨は……」


「本当にな」


 残されたふたりは、嘆息たんそくしながら笑う。


「そういえば、あれから三――玉子様の姿をとんと見かけておらんのだが、どちらにいらっしゃるのだろうか」

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